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COLUMN

第163回ノーベル賞で中村裁判を振り返る

2014.10.09
弁理士、株式会社インターブックス顧問 奥田百子

昨晩はすごいニュースがありましたね。日本人3人がノーベル物理学賞を受賞したという快挙です。その中のひとりである中村修二氏は、既に10年前から有名でした。発明の対価が200億円であるとの判決を東京地裁で勝ち取った人です(その後、東京高裁で8億円で和解していますが)。個人が大企業を相手に訴訟を起こした先駆け的な人です。
ノーベル賞の中身はとても簡単には語れず、今日はこの10年前に中村裁判がどんな事件であったのか、改めて振り返ってみたいと思います。
争点になったのはまず、(1)中村氏の発明が職務発明であるかどうか、(2)職務発明である場合に、発明の対価はどれくらいか、という点でした。
なぜ職務発明に該当するかが争点になるかというと、特許法35条2項では、職務発明である場合を除いては、従業員のした発明は、会社に予約承継させることを禁じています。しかし中村氏の発明である特許2628404号(いわゆる404号特許)は日亜化学が特許権者になっていました。本来であれば中村氏が特許権者ではないかという点が争われました。
ここで中村氏の発明(特許2628404号)とは?
「半導体結晶膜の成長方法」です。半導体結晶膜を基板上でうまく成長させる方法です。基板は1000度以上に加熱させる必要があり、これにより基板表面で激しい熱対流が起こり、アンモニアガス等を垂直に吹き付けてもアンモニアガスが拡散してしまい、良好な結晶膜を成長させることができませんでした。
そこで基板に対して平行、垂直、傾斜した方向からガスを供給するのですが、平行、傾斜した方向からのガスは反応ガス、垂直方向からのガスは不活性な押圧ガスであり、押圧ガスは、平行、傾斜した方向からの反応ガスを基板に吹き付ける方向に変更させることにより、結晶膜を成長させるという方法です。
この出願の審査では、ある公知文献を引用して拒絶理由を受けましたが、この先行技術では、ガスを基板に平行および垂直な方向から反応ガスを供給するのに対し、中村氏の発明は垂直な方向からは押圧ガスである不活性ガスを供給する、という点が異なり、クレームを補正し、特許されました。さらにその後異議申し立てがされましたが、クレームを訂正して特許は維持されました。
中村氏が裁判で主張したのは、

  1. この発明は職務発明でない、したがって会社に特許権は予約承継されていないこと(特許法35条2項では職務発明でない発明の会社に対する予約承継は禁じられています)、したがって、特許権の一部移転(中村氏の持分を譲渡)すべきである、そして会社が過去にこの発明を使用して得た利益は不当利得であるから、1億円を返還すべきである、
  2. 仮に職務発明であり、会社に特許権が予約承継されていても、特許法35条3項で従業員は相当の対価を受ける権利を有するから、特許権の一部移転(持分譲渡)と1億円を請求しました。
  3. または特許権が一部移転できない場合は、対価として200億円請求しました。

東京地裁では、これは職務発明である、会社に特許権が移転されることについては黙示の合意がされていたと判断されました。ここまで聞くと会社の全面勝訴に聞こえるのですが、そこで200億円の対価が認定されました。 しかしその後、東京高裁で結局は8億円で和解しました。
中村氏は2万円の報奨金しか受け取っておらず、やはり中村氏の勝訴というべき判決です。会社員に夢を与えた判決ですが、それから10年、中村氏はさらに大きな報奨金を得たことになります。
中村氏は、企業社会の日本から発明者がヒーローになるアメリカに渡り、報奨金の少ない日本の企業社会に大きな影響を与えました。しかし今度は世界のヒーローになりました。

今週のポイント

  • 日本人3人がノーベル物理学賞を受賞した。その中のひとりである中村修二氏は、発明の対価が200億円であるとの判決を東京地裁で勝ち取った人(その後、東京高裁で8億円で和解)として、10年前から有名であった。個人が大企業を相手に訴訟を起こした先駆け的な人である。
  • 中村裁判の争点は大きく分けて2つある。
    (1)中村氏の発明が職務発明であるかどうか、(2)職務発明である場合に、発明の対価はどれくらいか、という点である。
  • 特許法35条2項では、職務発明である場合を除いては、従業員のした発明は、会社に予約承継させることを禁じている。しかし中村氏の発明であるいわゆる404号特許は日亜化学が特許権者になっている。本来であれば中村氏が特許権者ではないかという点が争われた。
  • 中村氏の発明(特許2628404号)とは、「半導体結晶膜の成長方法」である。窒素化合物の半導体結晶膜を基板上でうまく成長させる方法である。
  • この出願の審査では、ある公知文献を引用して拒絶理由を受けたが、この先行技術では、ガスを基板に平行および垂直な方向から反応ガス供給するのに対し、中村氏の発明は平行、傾斜した方向からは反応ガス、垂直な方向からは押圧ガスである不活性ガスを供給し、しかもこの押圧ガスが平行および垂直な方向からの反応ガスを基板に吹き付ける方向に変化させるものである。

奥田百子

東京都生まれ、翻訳家、執筆家、弁理士、株式会社インターブックス顧問
大学卒業の翌年、弁理士登録
2005〜2007年に工業所有権審議会臨時委員(弁理士試験委員)

著書

  • もう知らないではすまされない著作権
  • ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語
  • 特許翻訳のテクニック
  • なるほど図解著作権法のしくみ
  • 国際特許出願マニュアル
  • なるほど図解商標法のしくみ
  • なるほど図解特許法のしくみ
  • こんなにおもしろい弁理士の仕事
  • だれでも弁理士になれる本
  • 改正・米国特許法のポイント