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翻訳コラム

COLUMN

第195回けっぱろ

2014.07.09
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

東日本大震災の後から「頑張ろう日本」「頑張れ東北」というようなスローガンがアチコチで見られましたが、その中に「けっぱろう東北」というような、方言の入ったものもありましたよね?

そう言えば東北の言葉で「頑張れ!」というのを「けっぱれ!」と言う、と聞いたことがあります。だから僕は別にそれほど気にしていなかったのですが、先日ある東北出身の友達が「けっぱろう」はおかしいと言っていました。

命令形が「けっぱれ」なので、おそらく終止形は「けっぱる」でしょうから、「〜しよう」という言い方は連用形「けっぱろ」に「う」をつけて「けっぱろう」となることは容易に予想できるのですが、、、なぜおかしいのでしょうか。

詳しく話を聞くと、この言葉は他人に対して「頑張れ!」と応援する時のみに使えるそうです。自分で自分に言い聞かせたり、自分も含む仲間全体に「頑張ろう!」と言いたい時は「がんばんべ〜」というような感じだそうです。つまり「けっぱる」という語彙は「頑張ろう」というような時には使えないらしいのです。

で、さらに文末に「了」がついているのです。文末の「了」は変化を表します。ですから「要回国了。」は「要回国」という状態になった、という意味。つまり「(近い未来に)帰国するという状態になった」→「けっぱろ帰国だ」ということになるのです。

やっぱり言葉は奥が深い。同じ日本語でも方言となると色々分からないことが出てきますねぇ。「けっぱる=頑張る」だと思っていたら、そう一筋縄ではいかないようです。

同じような意味だと思っていると微妙に違うこと、日本語と中国語の間にもあります。例えば「泣く」という語彙。

日中辞典で「泣く」を調べてみると、ふつう「哭 」という語彙が出てくると思います。

しかしどうも僕には「泣く」という語彙のイメージと「哭 」という語彙のイメージが合わない気がしていました。

日本語の「泣く」という語彙を聞いて思い浮かぶ映像は、例えば女性が声を押し殺して涙を流すシーンとか、感動の再会を果たして感極まって涙を流すシーンとかなんですが、なんとなく声を放っていわゆる「号泣」している感じはあまり思い浮かばない気がします(もちろん、号泣だって「泣く」という行為には違いないわけですが)。

しかし、中国語の「哭 」は声を放って泣くことなのです。多くの辞書にそう書いてありますよね。

やはり日本人と中国人の文化の違いと言いますか、何と言いますか(笑)。日本人は人前で大声を上げて泣き叫ぶことをあまりいいことと思っていない傾向があると思います。だからお葬式でも意外と静か。でも中国人や韓国人のお葬式の様子を見ると、結構皆さん大きな声で泣いておられます。聞くところによると、泣き女という役目まであるとか。中国人にとって「泣く」とは「大声で泣き叫ぶこと」なのだろうなと最近思い至りました。

だって、「声を立てずに静かに涙を流す」ような様子を表す動詞って中国語には多分無いのですよね。そういう場合は「流下眼泪 liú xià yăn lèi (涙を流す)」とか言わないといけないような気がします。

逆に日本語で「泣く」と言っても大きな声を上げているとは限らない(むしろ、僕だけかもしれませんが、「泣く」と聞けば静かに泣いているイメージしか思い浮かばない)ので、大きな声で泣いている場合は「慟哭している」とか「号泣した」とか漢語(中国から入ってきた言葉)を使わなければならないのです。和語(日本古来の言葉)には大声で泣いていることを表す語彙って、、、あるのかな?無いのではないでしょうか。今ちょっと思いつきません。無いような気がしますね。

また「座る」という動詞もちょっと曲者。

日本人が「座る」と言う場合、椅子に座ることももちろんありますが、床や畳の上に座ることも想定に入っていると思います。だって、家の構造がそうですものね。土足の生活ではないですから、床に座り込むことは日常的にありますし、そもそも日本は椅子の文化ではなく座布団の上に正座したり胡坐をかいたりする文化なのですから。

でも中国語の「坐 zuò」という動詞は、もう明らかに「床に座る」ことは想定していません。椅子やオンドルに腰掛けるイメージですよね。座布団の上に正座したり胡坐をかくことは「坐zuò」という動詞だけでは表せないようです。

つまり、文化の違いは言葉にも根深く影響を及ぼしているのです。意外な盲点と言ってもいいかもしれませんね。

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

著書

  • 文法から学べる中国語
  • 中国語!聞き取り・書き取りドリル
  • CD付き 文法から学べる中国語ドリル
  • 中国語検定対策4級問題集
  • 中国語検定対策3級問題集
  • ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本