第200回婉曲表現
日本語には「それとなく」という言葉があるように、物事を曖昧にぼやかして、相手にこちらの真意を想像してもらうという、よく言えば「奥ゆかしい」文化がありますね。
こういった文化が良いか悪いかはケースバイケースなので一概には言えませんが、相手が外国人だとまったく通じないことも多いので、こういう文化を押し付けないほうがいいかもしれません。
実際、中国人にはふつう通じませんよね。
以前、中国人のピアニストにくっついて通訳していた時、いろんな雑誌や新聞の記者がインタビューしに来たのですが、その中に中国人の記者(日本の中国語新聞の記者)がいました。
その記者は約束の時間になっても来ず、30分ほど遅れて来たのです。
中国人ピアニストの受け入れ側の日本人が慌てしまって、「後のスケジュールがギッチリ決まっているのでインタビューの時間は延長できない、約束の時間が過ぎたら帰って欲しい、ということをそれとなく記者に伝えてください」って頼まれたのですよ。
しかし、こういうことを「それとなく」伝えるのは、中国語では至難の業ですね(笑)。アーダコーダと周辺の事情ばかり言っていても中国人にはこちらの真意は伝わらないのが普通です。こういう場合は「あなたは遅れてきたけど、インタビュー終了の時間は延長できないから、それまでにインタビュー終えてくださいね」ってズバっとはっきり言ってしまえばいいと思うのです。というより、そう言わなければまったく通じません。
つまり、中国語って、いや、中国文化というほうがいいでしょうか、非常に直接的で、単刀直入なのです。婉曲表現にまみれている日本語とは大違いですね。
でもそんな中国語にだって多少の婉曲表現はあります。今日はちょっとした婉曲表現をご紹介しましょう。
初対面
初めて会う人に対して「あなたは誰ですか?」と尋ねるのは、ちょっと憚られますよね?日本語だと「えっと、、、どちら様・・・?」のように、言葉を濁らせたりしますかね。
この「どちら様」という言い方は中国語にもあります。
哪位?
nă wèi / něi wèi
ただ、これは婉曲表現ではなく、「谁 shéi / shuí」に対する敬語表現ですね。
「どちら様」とさえ言いにくいような場合もあると思いますが、そんな時は、こんなふうに言うといいでしょう。
请问您是…?
qĭng wèn nín shì
お尋ねしますが、あなた様は…?
そう、途中で止めちゃうのです。日本語でもよくやりますよね?「请问您是哪位?(お尋ねしますが、あなた様はどちら様ですか?)」と全部言ってもいいのですが、なんとなく面と向かっては言いにくいので、「请问您是」まで言って、あとは言葉を濁らせるわけです。結構日本人の感覚としても理解しやすい婉曲表現ですよね。
〜しないでください
ふつう禁止表現は「不要 bú yào」や「别 bié」を使って表します。
别着急!
bié zháo jí
焦るな!
ただ、禁止表現も結構気を使いますよね。緊急事態ならともかく、あまり強く言うと相手を傷つけたり、怒らせてしまったりします。
ですから、ちょっと語気を和らげるために「请 qĭng」を使って
请别着急。
qĭng bié zháo jí
焦らないでください。
と言ったりしますが、これも敬語表現ですね。実はこの言い方にも婉曲表現があります。それは。。。
不用
bú yòng
これ、「〜しなくてもいい」という言い方なので、「不要」や「别」とはイコールではないのですが、こちらのほうが相手に命令している感じが薄いので、時として「不要」の婉曲表現として使われるようです。上記の「焦るな」も、次のように言えばちょっと穏やかですよね。
不用着急。
bú yòng zháo jí
焦らないでもいいですよ。
概して中国語は日本語より遠慮の無い表現を好む言語ですが、それでも少しは婉曲することもあるのですね〜。
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本