第228回人であって人でない
以前にも書いたことがありますが、伊藤は韓国のドラマ「チャングムの誓い」が大好きです。ネットでやす〜く売っていたDVDボックスを買ってしまいまして、何度も繰り返し見ています(笑)。
このドラマを見たことのある方はご存知のように、このドラマは李氏朝鮮の時代のドラマで、15〜6世紀ごろにあたるようです。中国で言うと明朝の頃ですね。
舞台は当然朝鮮半島なのですが、やはり随所に中国の影響が見られます。実際に、明の使者が登場したりもしますので、やはり陸続きでもありますし、密接な関係があったのでしょうね。
ついでに言うと、日本人も時々現れます。すべて悪役ですが(笑)。倭寇と呼ばれていた海賊たちで、実際に13〜16世紀ごろ中国や朝鮮半島の沿岸を中心に日本人の海賊たちが暴れていたようです。ドラマの中では、ちょっとたどたどしい日本語が出てくるので面白いです。
さて、中国の文化も当然ながら朝鮮半島に入り込んでいるわけですが、「チャングムの誓い」の中で、こんな場面がありました。
宮廷の料理人となるべく幼いころから頑張っている女官見習いたちが、正式な女官になるための試験を受けます。その時の試験は、まず筆記試験(?)として、料理名を答える問題が出されます。これに答えた後、実際にその料理を作るのです。
で、その問題は、こんなのでした。漢字で書かれていました。
- 頭否頭(頭であって頭でない)
- 衣否衣(衣であって衣でない)
- 人否人(人であって人でない)
これ、分かりますか?僕は、自慢しちゃいますと、見てすぐ分かりました。三国志に詳しい人なら、すぐ分かるのではないでしょうか。
正解は、マントウ(馒头 mán tou)です。(ドラマでは、韓国語で「マンドゥ」と言っているようでした。)
そもそも、マントウってご存知でしょうか。中国の北方に行ったことのある人ならきっと食べたことがありますよね。小麦粉を練って蒸しただけの蒸しパンのようなもので、北方の人の主食の1つです。中身が何も入っていないものを指します。何か中身が入っているもの(日本で言う「肉まん」や「あんまん」のようなもの)は「包子 bāo zi」と言います。ただ、中国の南方では中身の入っているものも「馒头 mán tou」というそうですが。
さて、なぜ上記の問題の答えが「マントウ」になるのでしょうか。
実はこれは、三国志と関係があるのです。
諸葛孔明が南蛮国(今の雲南省やもっと南の地域)の征伐に行き、帰る時、ある大きな河が氾濫していて船を出せず立ち往生してしまいます。
この時、南蛮国の人が、人間の頭を49個放り込めば、河の神様の怒りが鎮まって、河の氾濫を治めることができる、と献言します。しかし諸葛孔明は、これを悪習として退け、その代わりに小麦粉を練ったものに肉を詰めて人間の頭に似せて丸め、それを49個作って氾濫する河に投げ込ませたのです。
頭否頭(頭であって頭でない)とは、頭のようで頭ではないマントウのことを言っているのです。
衣否衣(衣であって衣でない)とは、衣というより皮膚のことのようですね。人間の頭の皮膚のようで、皮膚ではないマントウの皮のことのようです。
人否人(人であって人でない)とは、人間のようで人間ではないマントウのことですね。
ま、現代中国では、マントウといえば中身の入っていない蒸しパンで、「チャングムの誓い」で出てくるものは中身の入っているもの、しかも、蒸すのではなく煮たもののようでした。少し形は変わってしまっていますが、やはり中国の文化って影響力が強いのですね〜。また、朝鮮王朝の宮廷料理人たちが中国の故事まで勉強していたことに、びっくりです。
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本