第255回外国語に毒される
僕は以前、学習塾で英語や国語などを教えていたことがあります。
ある日、英語の受動態(受け身の文)の説明をしていて、まずは日本語で能動態の文を受動態に書き換えてもらおうと思って、生徒さんにいくつか例を示しました。
「彼はその手紙を書いた。」
↓
「その手紙は彼によって書かれた。」
このような文だと多くの生徒さんが難なく出来たのですが、次の文は人によっては苦労したのです。
「彼は窓ガラスを割った。」
僕の意図としては、「窓ガラスは彼によって割られた」と言ってほしかったわけですが、ある生徒さんがこんなふうに言いました。
「窓ガラスは彼が割った。」
元の文の目的語である「窓ガラス」を主語にするように言ったら、「窓ガラスは彼が割った」という答えが返ってきたのです!
「この子はセンスが無いな〜」と思ってしまうのは簡単ですが、反省するに、彼は自然な日本語を言ったまでだったのかも、と最近思うようになってきました。
だって、「窓ガラスは彼によって割られた」なんて言い方、ふつう言いますかね?絶対言わないと思いませんか?
でも、学生時代に英語の授業を受けていた時、僕は特におかしいとも思いませんでした。いや、思ったかもしれないけど、すぐその違和感に慣れてしまいました。
外国語を勉強していると、その文構造を把握するために不自然な日本語訳をすることがあります。これはどうしても仕方ないことだと思いますが、それに毒されていくこともあるのですね。「窓ガラスは彼に割られた」なんて言い方、不自然な日本語なのに、10回くらい唱えると自然な日本語のような気がしてくるから不思議です(笑)。
同じように、我々中国語学習者も、中国語に毒された日本語を時々話していることに、最近気づきました(笑)。
先日ある中国語ペラペラの日本人の書いた日本語の中にこんな表現を見つけました。
「人数が4倍増えた。」
一目見て「なんか舌っ足らずな日本語だな」とは思うと思いますが、多くの人は「4倍に増えた」という意味だと解釈してしまうと思います。
でも、実はこれは中国人が見たらこういう意味だと解釈してしまう可能性があります。
人数增加了四倍。
Rénshù zēngjiā le sì bèi.
この中国語を日本語に訳すと「人数が5倍に増えた」となります。
中国語の倍数表現はちょっと難しいですよね。
「增加了四倍」というと、元の数の4倍分の数が、元の数に加わるという意味になります。
たとえば元の人数が10人だとすると、「增加了四倍」は、10人の4倍、すなわち40人増えるということ。つまり、全部で50人になるということです。50人というと、元の数の5倍ですから、「增加了四倍」は「5倍に増えた」と訳さなければならないのですね。
これを「4倍増えた」と言ってもおかしくないと思うようになってしまうと危険です(笑)。頭の中は中国人ってことになりますよ(笑)。
日本語を話す時は自然な日本語を心がけたいものです。
まぁこのような例はちょっと特殊なのですが、以下の例は多くの人が陥っているのではないかなーと思いますが、どうでしょうか。
次の中国語を日本語に訳してみてください。
有时候我跟他说汉语。
Yŏu shíhou wŏ gēn tā shuō Hànyŭ.
「说汉语」を直訳すると「中国語を話す」ですよね。この「中国語を話す」という日本語自体はおかしくないと思うのですが、上の文を
「私は時々彼と中国語を話す」
と訳すとどうでしょうか。
微妙なところなので気付かない人もいるかもしれませんが、こういう場合日本語では「中国語で話す」とするのが正しいと思います。
でも、僕も含めて多くの中国語学習者は、この文を訳す時「中国語を話す」とやっても平気なのではないでしょうか。
もっと探すと色々出てきそうで怖いですが、何語を勉強するにしても自分の母語は大切にしたいですよね。お互い気をつけましょう。
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本