第270回どっちでもいい
知り合いの中国語講師(日本人)が某所で中国語検定2級の対策講座を担当しているそうです。
彼によると、受講生の中には、4級や3級を経て2級に挑戦しようという人の他に、いきなり2級に挑戦という人もいるそうです。
もちろん、こういう検定試験は別に最初から順を追って合格して行かなければならないわけではないので、いきなり2級を受けてもいいのですが、中には「無謀だな」と思う人もいるのだとか(笑)。
僕も中国語検定の対策本を出版しているので、中国語検定の各級のレベルについてはある程度分かっているつもりです。3級では基本的な文法事項がほぼ出そろいます。そして2級から急にレベルが高くなるような印象があります。
ですから、基本的な文法事項についてある程度しっかり理解できていなければ、2級の合格は覚束ないのですね。でも、その対策講座の受講生の中には、そんなこととは知らず、「なんとなく何年も中国語勉強しているし、3級の問題見てみたけどそんなに難しくない気がしたから、やっぱり俺は2級じゃん?」みたいな軽い気持ちで2級の対策講座に来るような人もいるのだそうです。
クラスにそういう人が多いと、2級の問題をやっていても説明は文法的な説明に終始してしまい、内容的には3級の対策講座のようになってしまう、と彼は嘆いていました。
例えば、次の2つの文を見てみましょう。
- 客人来了。kè rén lái le
- 来客人了。lái kè rén le
どちらが正しい中国語でしょう?
な〜んて、実はどちらも正しい中国語です(笑)。日本語に訳すとこうなります。
- 客が来た。
- 客が来た。
そう、日本語に訳すとどちらも同じになってしまいますね。
こんな状態ですから、「中国語って文法は適当なのだな」「フィーリングでどうにでもなる」「中国語には文法はない」なんていう人が出て来るのでしょうねぇ(笑)。
しかしそんなことはありません。この2つの表現にはちゃんと違いがあるのです。それを説明できる人は、2級の対策講座を受けてもいいです(笑)。
我々日本語ネイティブが中国語で「客が来た」と言いたい時、1番の「客人来了。」という言い方はすぐ思いつきますよね?日本語の「客が来た」という文の主語は「客」なので、中国語でも「客人 kè rén」を主語に据えればいいのです。簡単ですよね。
でも、「来客人了。」という文の場合、「客人」は「来」という動詞の目的語の位置に来ています。これは我々日本語ネイティブにとってはかなり不思議ですよね。英語の視点から見ても不思議なのではないでしょうか。
実は、中国語では、既知のものは動詞の前に、未知のものは動詞の後ろに入る傾向があります。
つまり、1番「客人来了。」は、来ることが分かっているお客さんが来た時に言う文です。例えば、今日お客さんが来る予定だったとして、そのお客さんがおいでになった、その時に1番の表現を使うわけですね。
それに対して、2番「来客人了。」は、アポのないお客さんが突然来た感じです。ちゃんと使い分けがあるのです。
中国語文法が頭によく入っている人は2番が「存現文(そんげんぶん)」と呼ばれる文であることが分かりますよね。存現文とは、ある場所である物が存在・出現、消失することを表す文です。例えば:
- 桌子上有一本书。zhuō zi shang yŏu yì běn shū
机の上に本が1冊ある。 - 我家来了一个客人。wŏ jiā lái le yí ge kè rén
私の家にお客さんが1人来た。 - 他死了父亲。tā sĭ le fù qin
彼は父親を亡くした。
3番は「存在」、4番は「出現」、5番は「消失」を表しています。この文の特徴は、存在・出現・消失するものが動詞の後に入っているということです。
先ほども書いたように、動詞の後ろには未知のものが入る傾向にありますので、
あるところに、よく分からないもの、特に限定されていないものが存在していることを描写したい時や、
あるところに、よく分からないもの、特に限定されていないものがポコっと現れた感じを描写したい時や、
あるところから、よく分からないもの、特に限定されていないものがふっと消えてしまった感じを描写したい時、
そういう時に存現文を使います。
(5番の場合、「父亲 fù qin」が「よく分からないもの、特に限定されていないもの」の扱いを受けていますが、この文では「彼」が父親という存在を亡くしたことがクローズアップされています。彼の父が誰でどういう人かというのは分からない状態なので、そういう意味で「未知」の存在になっています。もし「父親」にスポットを当てて「彼の父親が亡くなった」という言い方にしたい場合は、「他父亲死了。tā fù qin sĭ le」という語順になります。これなら我々にもなじみのある語順ですよね。)
皆さんがすでにご存知の表現にも、存現文はたくさん含まれていると思います。皆さんもちょっと気にして見てくださいね。そうすると、色々分かって来ることがあるかもしれませんよ。
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本