第304回忘れていたこと
僕が中国語を勉強し始めたのは、1987年でした。大阪外大(現・大阪大学外国語学部)の中国語学科に入ったのですが、まだ当時は中国のことがテレビで話題になることなどあまりなく、「中国語やってるの?かわってるね。」なんて言われる時代でしたっけ(笑)。
留学していた1年間も合わせて5年間中国語を勉強した後、ちょっと中断して5年間インド哲学を勉強し、その後また中国語の世界に戻りました。
で、中国語の世界に戻った時、通訳や翻訳で生活していきたいと思ってそのための勉強を始めたのですが、その時勉強していた中国語は、ビジネス、政治、経済、金融、時事、といったオカタイものばかりでした。実際今も主に普段接している中国語はほとんどそういうオカタイものがほとんどです。
そして、10年くらい前からでしょうか、企業研修などで中国語を教えさせていただくようになってきたのですね。
企業研修の中国語の授業といえども、使うテキストは大学生用だったりします。入門のレベルのビジネスマン向けテキストなんて当時はあまり無く、たいていは大学生用のテキストを使います。(今でもそんなにありませんが…苦笑)
すると、内容も学生向けなので、学生同士の会話とか親兄弟の話とか、生活に根差した内容がほとんどです。
そんな中で、「あ、そういえばこんな言い方、大学生の頃に習ったな〜」と、ふと思い出す言い方がいくつか出てきました(笑)。
普段オカタイ中国語にばかり接しているとあまり出会わない表現が、大学生用のテキストには出て来るのですよね。それがかえって新鮮で、面白いなぁと(笑)。
まず本当に久しぶりに見てビックリしたのは「得 děi」でした。
もう本当に、これは完全に忘れていたのです(笑)。
「得 děi」は会話では本当に頻繁に使いますよね。「〜しなければならない」といった意味です。
でもこれは書き言葉ではほとんど見かけないと思います。ニュースでも聞きませんし、新聞でも見ませんよね。いわゆるオカタイ中国語では見かけません。
「〜しなければならない」「〜するべきである」といった意味を表す中国語は他に「应该 yīng gāi」「应当 yīng dāng」「要 yào」などがあり、これらはオカタイ中国語でも見かけます。でも「得 děi」は多分かなり話し言葉なのでしょうね。中国語を教えていた時にテキストに「得 děi」が出て来て、お〜そう言えばこんなものもあったね!と思ったものです(笑)。
それから「咱们 zán men」も、記憶のかなたでした(笑)。
「咱们 zán men」は中国語を習い始めてすぐくらいに出てきますよね。意味は「私たち」、つまり第1人称複数を表す人称代名詞です。
第1人称複数の人称代名詞としては他に「我们 wŏ men」もありますよね?
ほとんど全ての中国語のテキストには、「咱们 zán men」と「我们 wŏ men」の使い分けが説明されているだろうと思います。使い分けがある以上、両者の片方だけが無くなることはないはずなのに、なぜでしょう、オカタイ中国語では「咱们 zán men」が使われることはとても少ないようです。だから、僕も半ば存在自体を忘れていたような気がします(苦笑)。
この「咱们 zán men」については、単に文章語なのか話し言葉なのかということではない気がします。というのは、僕の知り合いの上海人によると「咱们なんて使わないよ〜。なんか東北のおばあさんが言っているようなイメージがあります。」とのこと。
なるほどね〜。この人だけの感想なので、なんとも言えませんが、確かに僕も、オカタイ中国語だけでなく普段のおしゃべりでも「咱们 zán men」ってあんまり聞かない気がします。恐らく北の方の中国語でよく使われる語彙なのでしょうね。中国語の標準語である「普通话 pŭ tōng huà」は主に北京の言葉を元に作られていると聞きます。ですから「咱们 zán men」も恐らく北京や北の方の語彙なので「普通话」の中でも採用されたのでしょう。
「得 děi」にしても「咱们 zán men」にしても、初めてテキストで見た時には、これがオカタイ中国語でも使うのかどうかとか、南のほうでも使うのかどうかとか、そんなこと考えませんよね?説明もあまりされていません。
でも実際には、オカタイ中国語では使わないとか、南の方では使わないとか、いろいろ制限があったりします。
おそらく他の単語でも、それぞれの単語につきそれぞれ事情があるのだろうな〜と思いました。
習い始めて何年かたったら単語の秘密(?)を一つ一つ解明していくというのも、語学の楽しみの1つなのかもしれませんね。
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本