第362回あいさつ
最近のNHKのテレビ語学講座は、生徒役として人気芸能人を呼んだり、語学だけでなく文化を学ぶコーナーを入れたり、楽しく勉強できるように工夫されていますね。僕も毎回ではありませんが、時々中国語講座を見ています。
何年か前の中国語講座の最終回で、北京にいる様々な人に好きな中国語を教えてもらうという企画があり、ある中国人男性がこんなことを言っていました。
「一番好きな言葉は“您吃了吗?"という北京の人がよく使うあいさつです」
您吃了吗?
Nín chīle ma ?
この言葉、直訳すると「あなたは食べましたか?」というような意味ですが、この人はこれが一番好きなあいさつだと言っていました。そう、彼はこの言葉を「あいさつ」だと言ったのです。
そういえば、最近の中国語のテキストにはあまり書かれていませんが、確かに昔の中国語テキストや、中国語に関するエッセイなどを読むとよく次のような言葉があいさつとして使われると書いてありました。
吃饭了吗?
Chī fàn le ma ?
(直訳)ご飯食べましたか?
もちろん、“你好!"のようなあいさつも使うのですが、これはあまり親しくない人や外国人向けに使われるあいさつで、市井の人々が使っているあいさつは「ご飯食べた?」的なものだと言うのです。
確かにこういう言葉はありますね。なぜか最近のテキストやエッセーに書かれることが少なくなったので、僕あまり言わなくなりましたが。
ただ、僕は、日本人の考える「あいさつ」とはちょっと違うような気がしています。
例えば僕が行っていた中学校では当時よく「あいさつ運動」というのをやっていました。先生や生徒会役員が朝から校門に並んで、登校してくる生徒たちに「おはよう!」「おはようございます!」とあいさつをし、一般生徒たちにもあいさつをするよう促そうというのですね。
日本人にとってあいさつというのは、言葉に大きな意味はありません。あいさつをすることで気持ち良く朝を迎え、今日も一日頑張ろうという気持になれるものだったり、相手の警戒心を解いたりするような、コミュニケーション上の一手段として使うような気がします。
でもこの中国語の「ご飯食べた?」的な言葉は、ちょっと違う気がしますね。こういうのはかなりしっかりした意味があると思います。相手が食事したかどうか、それが中国人にとっては結構大きな関心事なのではないかなと常々僕は思っているのです。
大阪なんかだと、「もうかりまっか?」「ぼちぼちでんな」というあいさつ(?)があります。これは「こんにちは」とかに比べるとしっかりした意味のある言葉ですが、実質本当に相手に「もうかっているかどうか」を尋ねているのかどうか疑問ですし、答える方も、本当はもうかっていても、「もうかってまっせ」とはあまり言わなくて、ふつう「ぼちぼちでんな」と答えているような気がします。伊藤は大阪商人ではないので分かりませんが(笑)。
それに比べて中国語の「ご飯食べた?」的な言葉は、本当に相手がご飯を食べたかどうか気にしてあげている気がします。
中国人にとって食事はとても大切です。日本だと仕事の関係で昼ごはんを昼時に食べられなくても、仕事が一段落してから食べればいいや、というような感じだと思いますが、中国人にとってそれは結構なストレスだと聞きます。そんな中国人にとっては、相手がちゃんと食事をしたかどうか、結構気になるのでしょうねぇ。
ですから、皆さんが「中国ではあいさつをする時に“吃饭了吗?"と言う」というようなことをどこかで読んだとしても、それは例えば初対面の相手に対して最初に言うような言葉ではなく、本当に「食事をしたかどうか」を尋ねているのだと思った方がいいと思います。
日本では「親しき仲にも礼儀あり」というようなことを言い、親しい間柄でもあいさつをするのが普通ですが、中国では親しくなればなるほどあいさつ(日本でいうようなあいさつ言葉)は必要なくなっていくようです。その代わり、“吃饭了吗?"のような、相手を本当に気遣うような言葉やその時気になっていることを尋ねることであいさつに代えているような、そんな気がします。
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本