第373回8万円強
先日とある中国語講座のテキストにこんな言葉が出てきました。
八万多日元
bā wàn duō rì yuán
この「〜強」「〜あまり」という意味を表す"多 duō"、意外とややこしいことが多いのですよね。例えば「十年あまり」と言いたい時、次の2つの言い方が思い浮かびます。
十多年
shí duō nián
十年多
shí nián duō
"多"が"年"の前に入っても後に入ってもいいように見えますね。そこで、ある生徒さんが「8万円強」だったら"八万日元多"とも言えるのではないか、という質問をしてくださいました。ところが、実は"八万日元多"は言えないのです。不思議ですよね〜(笑)。
まずは「十年あまり」という言い方から考えてみます。上記2つの言い方("十多年""十年多")はどちらも言えるのですが、実はちょっと意味が違います。
"十多年"は、具体的には例えば11年、13年というような感じ。つまり"多"の部分は「1年以上」の端数。
"十年多"は、具体的には例えば10年と3カ月、というような感じ。つまり"多"の部分は「1年未満」の端数。
つまり、"多"を具体的な整数と考え、量詞(上記の例では"年")を小数点と考えてみるとどうでしょうか。
例えば"多"を"三"と置き換えてみましょうか。
"十多年"→"十三年"
"十年多"→"十年三(个月)"
これでちょっと分かりやすくなりましたか?
さて、これでいくと、数詞と量詞の間に"多"が入るのは、数詞が「0」で終わっている2ケタ以上の数字でなければならないことが分かります。たとえば「8年あまり」と言いたい時に"八多年"と言ってしまうと、"八"という数字と"多"という数字代わりの字がかちあってしまいますからね。ですから「8年あまり」はこう言わねばなりません。
八年多
bā nián duō
実際、「8年あまり」という時は、8年と数カ月という意味にしかなりませんよね?端数が1年以上になると「9年」になってしまいますから(笑)。だから"八年多"という言い方は非常に理にかなっていると思います。
さて、では「0」で終わっている2ケタ以上の数字の場合をもう少し考えてみます。この場合、数詞がどんなに大きくなっても"数詞+多+量詞"という言い方はできるのですが、"数詞+量詞+多"は不自然になる場合が出てくるようです。
例えば「10年あまり」という場合は「11年」とか「13年」というのも含まれてくる可能性がありますから"十多年"とも言えるし、「10年と数カ月」という可能性もあるので十年多とも言えます。
しかし、もし「1000年あまり」だったらどうでしょう。文脈にもよるかもしれませんが、一般的には「1000年と数カ月」という可能性は低いでしょうね。「1000年と10年」くらいでも「1000年あまり」と言えそうな気がします。だから"一千多年"は問題なく言えますが"一千年多"は言いにくいようです。数詞が大きくなればなるほど"数詞+量詞+多"という言い方は言いにくくなるようです。
さて、ここで冒頭の「8万円強」に戻ります。
まず"八多万日元"は"八"と"多"が同じ土俵でかちあってしまうのでNG。
「8万円と数千円」「8万円と数百円」「8万円と数十円」は十分考えられるので"八万多日元"はもちろんOK。
では、生徒さんがおっしゃった"八万日元多"は?
この場合、"多"が表す端数は1円未満の、小数点以下の数字になってしまいます。
まぁ日常生活では1円未満の金額は想定しないでしょうから、"八万日元多"はかなり不自然な表現ということになるわけです。
中国語ってこの辺り、結構シビアで論理的ですねぇ。面白いです。日本語だと、例えば「10年あまり」とか「10年強」の表す端数って1年以上か1年未満かと考えることはない気がします。ことこの件については、日本語のほうが適当なようです(笑)。
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本