第378回不自然さに慣れないように
前にも書いたことがありますが、我々のように外国語を勉強している人は日本語の感覚がおかしくなってしまう可能性があります。
もちろん、我々は日本語ネイティブですから、ちょっとやそっとのことではおかしな日本語を話すようにはなりません。でも、ちょっと不自然な日本語を聞いても気付きにくくなったりはする可能性があります。
外国語を勉強する過程で、外国語を日本語に訳すという作業をしますからね、その際に不自然な直訳の日本語をたくさん見聞きし、自分でも作るでしょうから、どうしてもそれに慣れてしまって、不自然さに気づかなくなってしまったりするわけです。
前に書いたのは、倍数表現です。例えば:
「人数が4倍増えた。」
これは、ある中国語ペラペラの日本人が書いた文章の中に出てきた文です。多分「4倍に増えた」という意味で書いたのだろうと思うのですが、書いた人が中国語ペラペラですのでね、もしかしたら中国語のこういう文のつもりで書いたのかもしれません:
人数增加了四倍。
Rénshù zēngjiā le sì bèi.
(直訳:人数が4倍増えた。)
この中国語は、元の人数の4倍の人数が増えた、つまり、「元の人数」+「4倍の人数」になった、要するに「元の人数の5倍になった」という意味を表します。
中国語の倍数表現は本当にややこしいですね。上の文の意味、もし分かりにくければ、具体的な数字を入れて考えてみましょう。
元の人数が10人だったとすると、4倍分増えたということは、40人増えたわけです。つまり、10人に更に40人が加えられるので、最終的に50人になったわけです。そうすると、元の人数の5倍に増えていますね。だから、“人数增加了四倍。"という中国語は日本語に訳す時は「人数が5倍に増えた」と言うべきなのです。
この「に」があるとないとでは大違いですね。というか倍数表現を言う時に「に」を言わない表現は日本語には無いはずなのです。この「に」がない言い方(4倍増えた)に慣れてはいけません。おかしいなと気付くだけの研ぎ澄まされた感覚は、外国語を勉強する人ほど持ち合わせておきたいものですね。
先日、ある新聞のコラムを読みました。筆者は中国出身で日本在住の文化人。国際的に活躍する中国人のスポーツ選手の発言をめぐって思うところを述べた、というようなコラムでした。日本の新聞ですので、日本語で書かれていました。
内容もとても興味深く、面白かったのですが、この中の日本語で1つ気になる部分があったのです。皆さんは気付きますか?ちょっと一部抜粋してみますね。
「…メダルを獲得すれば『国のおかげ』だと口をそろえ、表彰台に上れば厳粛な表情になる中国選手の中、一人だけ喜んで全身を使って大げさに踊ったり、変顔を作ったりして突出して目立っていた。」
日本語ネイティブでない人が書いた文章とはとても思えないほどの素晴らしい文章ですね。すごいなぁと思います。
ただ、1か所だけ、僕には気になるところがあります。それは「中国選手」という言い方です。
日本語ネイティブだったら「中国人選手」もしくは「中国の選手」と書くのではないでしょうか。
でも中国語ではこういう時は
中国选手
Zhōngguó xuănshŏu
というのが普通です。中国人留学生だったら“中国留学生 Zhōngguó liúxuéshēng"、中国人医師だったら“中国医生 Zhōngguó yīshēng"でいいのです。“人"は必要ありません。
でも日本語だと「中国留学生(ちゅうごくりゅうがくせい)」と言うとちょっと変ですよね?意味は分かります。でも少し違和感があります。「中国医者(ちゅうごくいしゃ)」とか「中国医師(ちゅうごくいし)」も、言いませんよね。
今回は新聞のコラムに載っていたので、編集者の目も通っていると思うのですが、訂正されずにそのまま掲載されてしまっています。つまりネイティブでも見落としてしまうくらい微妙なところなのでしょう。でもそういうところにきっちり気がつく「研ぎ澄まされた感覚」は忘れたくないですよね。特に我々のように外国語を勉強している人ほど、気をつけねばならないと思います。
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本