第405回漢字のイメージ
中国語と日本語とでとらえ方の違う漢字って結構ありますね。どちらも同じ「漢字」という文字を使う言語ではありますが、やはり全然別の言語なのですね~。
例えば“推 tuī”。
この漢字、日本だと「推薦する」「推測する」「推理する」というような単語で使いますね。でも「推」という字だけでどういう意味かというと、もうひとつピンときません。せいぜい「推し量る」ような意味かなと思う程度でしょうか。
実は、この「推し量る」という単語でこの字を「お(す)」と読むことからも分かるように、中国語ではこの字は「押す」という意味です。
ドアノブなどについている「引く」「押す」という指示、日本では「引」「押」という字のシールなどが貼られていることが多いと思いますが、中国では“拉 lā”“推 tuī”という字になっています。「引く」ほうも日本ではあまりなじみのない漢字ですね。日本語だと「拉致(らち)」という時にお目見えするくらいでしょうか。中国語ではとてもよく使う字で「引く」という意味です。
「念」という字は、皆さんはどんなイメージでしょうか?
「念力」なんていう言葉もありますし、「念じる」とも言いますし、なんとなく心の中で強く思う、ような感じでしょうか。少なくとも声を出して呪文を唱えるような感じではないですよね。
でも中国語の“念 niàn”は「音読する」という意味です。
中国語で「読む」という意味を表す動詞は3つほどありますね。“读 dú”と“看 kàn”、そして“念 niàn”です。この内、“读 dú(読)”は音読と黙読の区別があまりないように思いますが、“看kàn”ははっきり黙読、“念 niàn”ははっきり音読を表します。“看 kàn”は原義が「見る」ですから黙読なんだなと納得ですが、“念 niàn”が音読というのは、日本語の感覚ではちょっと不思議ですね~。
そういえば日本の仏教(浄土宗系)でよく行う「念仏」は、仏さま(阿弥陀如来)のお名前を声に出して言うことです。ということは「念仏」の「念」は中国語の“念 niàn”の意味なのでしょうね。
「開」という字についてはどうでしょうか。
日本語だと「開く、開ける」というイメージだけですよね。
でも中国語の“开 kāi”は、それだけではなく「離れる」というイメージもあります。
実はこの「離れる」というイメージも「開く」という意味から派生したものです。AというものとBというものの間が開いていくと、両者の間の距離は離れていきますよね?そういうことから「離れる」というイメージで使われることがあるのです。例えば:
走开!
zŏu kāi
どけ!(ここから離れていけ)
(動詞“走 zŏu(歩く)”に“开kāi”が結果補語としてついた形)
この例の場合、“开 kāi”という字に「離れる」というイメージがあることを知らなければ、ちょっと意味が取りにくいのではないでしょうか。
他にも、以前本メルマガで触れたことがあるかもしれませんが「住」という漢字も日中でかなりイメージが違うと思います。
日本では「住む、居住する」という意味しかありませんよね?でも中国語の“住 zhù”はもっと幅広い守備範囲を持っています。たとえばホテルに泊まることも“住zhù”ですね。
ですから“我住在北京饭店。”という文は「私は北京飯店に住んでいます。」と訳すこともできますが、企業の駐在員とかでなく普通の旅行や出張で北京に行っている人がいうなら「私は北京飯店に泊まっています」という意味なのです。
要するに、中国語における“住 zhù”という漢字の意味は、動いているものが動きを止めることを表す、という風にまとめられそうです。例えばこんな使い方があります。
住嘴!
zhù zuĭ
うるさい!(口を止めろ!)
记住
jì zhù
覚える(記憶した結果、記憶の内容が定着する)
(動詞“记 jì(記憶する)”に結果補語“住zhù”がついた形)
中国語を勉強する際には、日本語での漢字の意味だけでは太刀打ちできないことも多いですね。ですから中国語ではどういうイメージの漢字なのかも知っておくと便利です。それに、「念仏」のように今まで知らなかった日本語の単語の秘密(笑)も分かるかもしれませんしね!
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本