第412回おもいやる
先日某所で使っている中国語のテキストにこんな文が出てきました。
主人公の日本人男性が中国出張から帰って来て、妻におみやげを渡す場面での言葉です。
我特意去王府井买的。
wŏ tè yì qù wáng fŭ jĭng măi de
僕はわざわざ王府井に行って買ったんだよ。
この日本語を見てどう思われますか?
妻が「なにこれ?センス悪い~。」のようなことを言ったら、「わざわざ王府井に行って買ったんだよ!」と言いたくなるかもしれませんが、そうでなければちょっと妻に対して恩着せがましいですよね(笑)。
そう、日本の文化だと、人に物をあげたりする場合、あまり「わざわざ」とか「特別に」という言葉を使うと、相手が重苦しく感じるのではないかと思って、逆に「たまたま王府井に行くことがあって、そこでいいのがあったから買っただけ」とか言いますよね。
でも中国では逆のようです。こういう場面で“特意 tè y씓特地 tè d씓专程 zhuān chéng”(いずれも「わざわざ」のような意味)などを使うのは、相手に対する気持ちの強さを表しています。「君のことが大切だから、わざわざ買いに行ったんだよ!」というようなことを言うのが中国風らしいです。
日本も中国も、相手を思いやってのことなのですが、現れる行動は全く逆というのは、面白いですね。
また、中国人はよく“没问题 méi wèn tí”と言うが、信じてはいけない、中国人の“没问题 méi wèn tí”は“有问题 yŏu wèn tí”だ、というのを聞いたことありますか?
昔、宿泊していた中国のホテルで列車の切符の手配を頼んだことがありました。担当者は自信たっぷりに“没问题!(問題ないよ!大丈夫!)”と言ってくれて、安心していたのですが、約束の日に切符を取りに行くと、取れていないというのです。
これも日本だと、取れない可能性もあるならきちんと「取れない可能性もあります」と言うと思うのですが、中国人は相手を不安にさせるようなことは言いたくないのだとか。
これも「思いやり」なのかもしれません。
僕は中国人が中国語に翻訳した文章をチェックする仕事をよくするのですが、元の日本語にはよく「~など」とか、数字には「約~」「~前後」というような、ちょっとぼんやりした表現がよく出てきます。
これを中国人はあたかも無視(?)して中国語に訳していることが結構多いです。
どうして?と尋ねると、中国語ではあまり“约 yuē”とか“等 děng”とか言わないから、ちょっと違和感がある。「約1500人」を“一千五百人 yì qiān wŭ băi rén”と言い切っても、だれもキッカリ1500人だとは思わないから大丈夫ですよ~、と教えてくれます(笑)。ま、そりゃそうですね。1500人くらいの規模なら実際にきっかり1500人である可能性もなくはないですが、例えばロヒンギャ難民の数は43万人だと言われて「およそ」に当たる言葉が無かったとしても43万人きっかりだとは思いませんものね~。
先日も、元原稿(英語)で「about $14」と書いてあるものを中国語では単に“14美元 shí sì měi yuán”と訳してありました。こういう小さい数字で“约 yuē”などをつけるのは、中国語としてはかなり違和感があるそうです。まぁそうですよね~。分かる気がします。でも日本語だとやはり「およそ14ドル」と訳すでしょうし、そんなに違和感ありませんね。
これももしかしたら中国人の思いやりなのかな~と今思いました。“约~~”とか言ってぼんやりさせてしまうのは、なんとなく無責任で、相手に対して申し訳ない、という気持ちが働くのかもしれませんね。ちょっと考え過ぎかな?(笑)
逆に日本人は、できるだけ正確に伝えないと、相手に対して申し訳ない、という感じでしょうか。概数は概数であることをはっきりさせるのですね。
言葉だけ知っていても、文化を知らなければ、「思いやり」を上手く伝えることすらできません。文化を知って、相手に思いやりがキチンと伝わるようにしたいですね。
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本