第452回#私のお気に入り 有気音・無気音
僕が中国語を勉強し始めてまず一番ビックリしたのは、やはり声調でしたっけね。漢字1つ1つ、それぞれどういう調子で読むのかが決まっているなんて、スゴイですよね!
そして次にビックリしたのは、有気音・無気音でした。
僕の習った先生がおっしゃるには、中国語には濁音は無い、と。
より正確に言うと、中国語は「清音VS濁音」ではなく「有気音VS無気音」の世界なんだということです。
我々の話す言語である日本語や、我々が必ず習う英語、そのほかドイツ語やフランス語、スペイン語なんかも、「清音VS濁音」の言語です。「か」に対して「が」という音があり、「と」に対して「ど」という音がある。そういう音の世界に我々は生きています。アメリカ人もドイツ人もフランス人もスペイン人も同じです。
ところが、中国語はそういう「清音VS濁音」というのとは全く違う発音体系を持っています。子音を発音する時いっぱい息が出るか、ほとんど息が出ないか、そういう発音体系なのです。濁っているかどうかなんて中国語の世界では全く無視されると考えてください。
例えば某合唱団が上海の合唱団と交流することになったから中国語の歌を歌いたいというので発音指導に行ったことがあったのですが、その時やはり皆さん困ったのが無気音でした。
考えてみると僕も若かったのでしょうかね。歌を歌うだけなのだから適当にカタカナ中国語で歌えばそれだけで上海の合唱団の皆さんはきっと大喜びだったに違いありませんが、ついつい歌詞をピンインで書いて発音指導に望んだのでした(汗)。
さてその時、“大”という字がありまして、ピンインで「dà」と書いてあるのに、僕の発音を聞くと「ター」に近い。皆さん戸惑うわけです。
「daって『ダー』じゃないの?でも伊藤さんは『ター』のような『ダー』のような不思議な発音。どっちなの~?」
今なら「ダーでいいですよ」と言ったと思います。「ター」だと思うと合唱人は子音を立てて息を出して発音する癖がついているでしょうから、それだと有気音になってしまいますからね。でも当時の僕はまだ若かった。「ダーでいい」とはどうしても言えなかった(笑)。
「息をあまり出さないようにして発音するんです。息をのむ感じで『ター』です。」
皆さん、やっぱりよく分からなかったようで、結局「ダー」にしちゃったようでした(笑)。
でも、実際“打 dă”なら結構濁音ですよね。中国人の発音を聞いても「ダー」と言っているように聞こえます。
そうなんです。息が出ていなければいいんです。基本的には濁らないんだろうと思いますが、濁ってもいいんですね。
逆のことも言えます。中国人で日本語を勉強している人は「清音VS濁音」というのがよく分からないようです。で、実際我々は息を出したり出さなかったりというのは全く意識していませんが、実はやっているのです!
前にも書いたことがあると思いますが、「トマト」の最初の「ト」と最後の「ト」は、日本語の「清音VS濁音」という発音体系では同じ音に分類されますが、中国語の「有気音VS無気音」という発音体系では、前者は有気音、後者は無気音となります。
中国人から見ると別の音に聞こえる2つの音が同じ「ト」という字で書いてある。混乱しますよね~。
台湾で日本語教師をやっている友達によると、「自転車」の読み仮名を書かせると多くの人が「じでんしゃ」と書く、と言って嘆いていました。
なるほど、確かに「じてんしゃ」の「て」は無気音的ですね。だから清音ではなく濁音の「で」で表記したのでしょう。濁音は息が出ませんからね。
実はこういうことに興味を持ったのは、中国語を始めてすぐではありませんでした。僕は紆余曲折を結構へておりまして、一時期インド哲学を勉強していたことがあります。その時やったサンスクリット語(梵語)、「清音VS濁音」だけでなく「有気音VS無気音」も絡む複雑な発音体系を持っていました。つまり「清音で有気音」「清音で無気音」「濁音で有気音」「濁音で無気音」という子音がそろっているわけです。こういう言語が世界にはあるのだなぁ。それに比べると日本語は「清音VS濁音」だけ、中国語は「有気音VS無気音」だけだから、楽なもんだね、と思ったのです。そして、日本語と中国語は全然違うということを分からないときちんと発音はできるようにならないのかもな~なんて思ったのでした。
今日のお話はちょっとややこしかったですね。でも我々と中国人とは全然違う音の世界に生きているんだと思うと、もう目からウロコが何枚もはがれたような気がしました。皆さんもぜひそんな発見を、語学を通して色々して行ってくださいね!
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本