翻訳コラム

COLUMN

第465回残飯

2020.04.15
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

ある中国人留学生、ものすごく日本語が上手です。簡単な日常会話をしている分には、外国人だという感じが全くしません。発音がものすごくなめらかで、自然なのです。最近はアニメを見て日本語の発音に慣れ親しんでいる人が結構いるので、発音のいい留学生も結構多いですよね~。

そんな彼女ですが、やはり悩みも多いようで、ある日僕に相談してきました。

「この前、日本人の友達と一緒に雑談していたんですが、ある言葉を言ったらすごく笑われたんです。なぜなのか教えてほしいんですけど。」

「どんなシチュエーションでどんな単語を言ったの?」

「昨日の晩御飯に何を食べたか質問されたので、『残飯』って答えたんです。」

申し訳ないことですが、僕もここで、びっくりして笑ってしまいました(苦笑)。

彼女曰く「そう!まさに伊藤さんと全く同じ反応だったんですよぉ。」

まぁそうですよね。晩御飯に残飯を食べたと聞いて驚かない日本人はいないでしょうから(苦笑)。

彼女が言いたかったのは、もちろん「残飯」ではなく「残り物」ということだったわけですね。「昼ごはんの残り物を食べた」ならだれも驚いたり笑ったりはしなかったでしょう。

そのあたりのことを説明していた時に彼女はこんなことを言っていました。

「中国語では残り物のごはんのことを“剩饭 shèngfàn”って言うじゃないですか。漢字の意味を考えたら『残ったご飯』だから、そのまま『残飯』って言えば大丈夫だと思ったんですよねぇ。。。」

そう、こういうことって結構ありますよね。論理的に考えて「残飯」で「残り物のごはん」という意味になってもよさそうなものですが、実際にはそういう意味で「残飯」と言うことはありません。実際にどういう意味で使われるかは、また別なのです。

逆のことが僕の経験の中にもあります。

北京に留学していた時のこと、ある食堂の中でおいしそうなホカホカの包子が売られていたので、食堂の中で食べるのではなくテイクアウトしてもいいかなと思って、こんな風に尋ねてみました。

可以拿走吗?
Kěyĭ názŏu ma ?

この時に店員さんの複雑な表情、忘れられません(笑)。ものすごく怪訝な顔でこんな風に言い直してくれました。

带走吗?
Dàizŏu ma ?

そう、テイクアウトしたい時は“拿”ではなく“带”を使わなければならなかったのですね。

どちらも似たような意味ではありますが、“拿”の原義は「手に持つ」です。手で品物をぐっとつかんでそのまま持っていくイメージが強いようなので、ひったくるような感じがしたようです。

それに比べて“带”は「携帯する」「身につける」というニュアンス。きちんとお金を払ってから身に携えて持っていく感じになるのでしょうね。

漢字の意味だけでなく、どういうニュアンスを持つのか、しっかり考えて覚えていかないといけませんね~(笑)。

でも、怪訝な顔をされたり笑われたりするのは一番覚えやすいので、思い切っていろいろ実験してみるのも楽しいですよ~。

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

著書

  • 文法から学べる中国語
  • 中国語!聞き取り・書き取りドリル
  • CD付き 文法から学べる中国語ドリル
  • 中国語検定対策4級問題集
  • 中国語検定対策3級問題集
  • ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本