第480回過去形
先日、台湾で日本語教師をやっている友達から面白い話を聞きました。
まだ日本語を勉強し始めてまもない学生相手に会話試験をする時、「今朝朝ご飯を食べましたか?」というような質問をし、その流れで必ず「おいしかったですか?」と尋ねることにしているそうです。それはなぜかというと、「おいしいです」と答えてしまいそうな学生が必ずいるからなんだそうです。
授業でしっかり教えるらしいのですが、それをきちんと聞いているかどうかをチェックするのだとか。
なるほど、「美味しかったですか?」という問いに対して「おいしいです。」と答えると、日本語としてはかなりおかしいですね。今朝の朝食の話ですから、過去形「おいしかった」と言わなければなりませんね。
この話を聞いて、なるほどこれは中国語の影響だろうなと思いました。
中国語は基本的に過去を表す形はありませんね。動詞については“了 le”というのがありますが、これは厳密に言うと「完了」を表す助詞であり、直接過去を表す言葉ではありません。まぁ事実上過去に行われた動作を言うことになるので「過去形」と思っている人も多いと思いますが、本当は違うのですね。
ただ、そこまで語学に興味のない人からすると、「完了」も「過去」も「ま、似たようなもんでしょ」と思ってしまうようで、過去のことを言いたい時にやたらと“了”をつけちゃうのですよねぇ。そして、動詞ならともかく形容詞にもつけちゃうのです。
例えば、上でご紹介した台湾人の日本語学習者の受け答えで「おいしかったですか?」と聞かれているのに「おいしいです」と答えてしまうというのと、ちょうど逆のことをしてしまう人、多いんですよねぇ。つまり「おいしかったです」と言うつもりでこんなふうにやってしまう人がかなりいます。
很好吃了!
大学生に簡単な作文を書いてもらうと、もうとにかく“了”の連発です。
很高兴了!
很热了!
很好听了!などなど。
それぞれ「楽しかったです」「暑かったです」「(音が)美しかったです」と言いたかったのだと思いますが、全部間違いです。中国語の形容詞に完了を表す“了”はつけられません。
そりゃぁそうですよね。形容詞は動作を表しません。物事の状態を表しています。状態は完了しません。変化はするかもしれませんが完了はしないので、“了”とは無縁なのです。
では、「おいしかった」と過去のことを言いたい時、中国語ではなんというのでしょうか?
很好吃!
Hěn hăochī !
これでいいのです。「おいしい!」なのか「おいしかった!」なのかは文脈を見て判断すればいいのです。
実は大学生たちが“很好吃了!”のようにやってしまいたくなる理由がもう一つあります。それはこんな文がテキストとかに出てくるからです。
太好吃了!
Tài hăochī le !
すごくおいしい。
この文には“了”がついています。でもこの“了”は完了の意味を表しているのではなく、感嘆の気持ちを表しているだけで、完了の“了”とは別物だと思ってください。“太~了”や“可~了”の“了”は完了ではありません。
この“太好吃了!”も文脈によって「すごくおいしかったです」と過去形で訳すことも当然あるわけなので、それで学生たちは混同してしまうのでしょうね。かく言う僕も、学生時代は混同していたような気がします。
形容詞に限らず動詞でも、状態を表す動詞には完了の“了”をつけることはできません。例えば“是shì”に“了”をつけることはできません。「彼は大学生だった。」を中国語で言うとどうなりますでしょうか?
×他是了大学生。
〇他是大学生。
英語でも日本語でも「過去形」という概念があるので、どうしても中国語でも「過去形」を作りたくなってしまうのは分かりますが、中国語には「過去形」というものはないんだということをしっかり認識してもらわないといけませんね。
逆に台湾人や中国人で日本語を勉強している人は「朝ご飯にお粥を食べました。おいしいです。」と言わないように気を付けないといけないわけですね。こちらのほうが大変かもしれませんね~。なかった概念を自分の頭の中に構築しないといけないわけですものね~。
伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
著書
- 文法から学べる中国語
- 中国語!聞き取り・書き取りドリル
- CD付き 文法から学べる中国語ドリル
- 中国語検定対策4級問題集
- 中国語検定対策3級問題集
- ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本