翻訳コラム

COLUMN

第483回まさか動詞とは

2021.01.06
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

近ネット上で時々見る某雑誌のアカウントで、日本語と中国語で意味の違うものがよく紹介されているので、僕も真似していくつか紹介します。

今日紹介するのは、日本では名詞のイメージが強い単語なのに中国では動詞だ、というようなものです。

例えば「姓(せい、かばね)」という字、日本語だと「苗字」という意味ですから、名詞ですよね?中国語でも“姓 xìng”は名詞としても使いますが、動詞の用法もあります。どんな入門のテキストでもたいてい最初の方で自分の名前を言ったり相手の名前を尋ねたりする言い方を学びますが、その時にこの“姓”も出てきますよね?

我姓伊藤。
Wŏ xìng Yīténg.
私は伊藤といいます。

この言い方、苗字だけを言う場合の表現ですね。

何も説明を受けなければ、“我的姓是伊藤。”の“的”や“是”が省略されたのかなと思ってしまいそうですよね?実際そう思いこんでしまってなかなか誤解を解いてくれない人もいます。

でもそうではなく、この“姓”はれっきとした動詞で「苗字を~という」という意味なのですね。否定文を作ってみると、それがはっきりします。「私は伊藤という苗字ではない」という意味の中国語を以下に書いてみます。

我不姓伊藤。
Wŏ bú xìng Yīténg.

“姓”の前に直接“不”がついています。これは明らかに“姓”が動詞扱いされているということですね。

入門のテキストなんかでもよく見る例としては、“旅行 lǚxíng”もそうですね。

連動文の例文なんかで“旅行”が出ると、多分多くの人が誤解しているのではないかと思います。

我去中国旅行。
Wŏ qù Zhōngguó lǚxíng.

この文、連動文だということを意識していない人は多いと思います。「私は中国旅行に行く」と思っている人、結構多いのでは?まぁそう思っていても意味はそんなに変わらないのですが(笑)。

きちんと連動文であることを意識して訳すと、「私は中国に行って旅行する」「私は旅行しに中国に行く」です。そう、“旅行”って実は動詞なのです。

ニュースなんかでよく見聞きする例ですと、“部署 bùshŭ”が僕には衝撃でした(笑)。

日本語の「部署(ぶしょ)」って「割り当てられた持ち場」のような名詞の意味しかありませんよね?“旅行”の例のように「~する」をつければ動詞になるようなものでもありません(「部署する」なんて言葉ありませんよね?)。でも中国語では「配置する、手配する」というような意味の動詞なのです!

美国将不会在澳大利亚部署中程弹道导弹。
Měiguó jiāng bú huì zài Àodàlìyà bùshŭ zhōngchéng dàndào dăodàn.
アメリカはオーストラリアに中距離弾道ミサイルを配置しないことにしている。

明らかに動詞として使われているでしょう?“部署 bùshŭ”に「部署(ぶしょ)」の意味は無いようですね。

そしてやはり驚いたのは“左右 zuŏyòu”ですかね~。

確かに日本語の「左右(さゆう)」は「左と右」という意味の他に「左右する」という動詞もありますけど、中国語の中で見ると何か違和感を覚えたものです。

老师的一句话左右了我的人生。
Lăoshī de yí jù huà zuŏyòu le wŏ de rénshēng.
先生の一言が私の人生を左右した(私の人生を変えた)。

この“左右”という動詞、なんか面白くないですか?僕大好きなんです(笑)。

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

著書

  • 文法から学べる中国語
  • 中国語!聞き取り・書き取りドリル
  • CD付き 文法から学べる中国語ドリル
  • 中国語検定対策4級問題集
  • 中国語検定対策3級問題集
  • ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本