第11回中国における自由技術の抗弁
シリーズ「特許法の国際比較」
前回、「私の知っている範囲では、文言の範囲における自由な技術水準の抗弁(特許の有効性の判断をスキップして非侵害を判断)を認めている国はありません。」と書きましたので、自分の知識の範囲の外を再確認してみました。すると中国が法改正で導入していました。勉強不足をお詫び致します。でも、急に話が面白くなってきました。
1.中国における自由技術の抗弁
(1)背景(従来)
従来は以下の通りでした(出典:特許権侵害の抗弁に関する中日比較調査報告書、JETRO)。
北京市高等裁判所「特許権侵害判断における若干の問題に関する意見」(略称「意見」2001)
北京市高等裁判所「2001」229号は、2001年9月29日に発表されたものである。この意見における規定が、その後に公布される法律、法規及び最高裁判所による司法解釈と一致しない場合は、法律、法規及び最高裁判所による司法解釈によるものとする。
100.公知技術の抗弁とは、特許侵害訴訟において、侵害被疑物件(製品又は方法)が特許の請求項に記載された発明と均等であり、被告が答弁し、かつ証拠を提出して侵害被疑物件(製品又は方法)が1件の公知技術と均等であることを証明できる場合、被告の行為は原告の特許権への侵害に該当しないことをいう。
102.公知技術の抗弁は、文言侵害の場合に適用せず、均等侵害にのみ適用する。
私見ですが、前述のように、このような運用が法的安定性(侵害判断と有効性判断の齟齬の問題の回避等)の観点からは好ましいですよね。
(2)実務
裁判所では、「意見」2001公布後の侵害訴訟の審理において、各地各階級のほとんどの裁判所は「意見」2001第100〜103条を参照して裁判していたが、「意見」2001に従って審理するのではなく、文言侵害まで公知技術の抗弁の適用を認めた裁判所もある(中日比較調査報告書)。
この点が日独と違いますね。いったい何があったのでしょうね。
(3)法改正
中国特許法改正(2009年)により、以下の条項が新設されました。
第62条 特許権侵害紛争において、侵害被疑者が、その実施した技術又は意匠が従来の技術又は従来の意匠であることを証明できる場合、特許権侵害に該当しない。
この解釈は、以下に沿ったものとなります。
「特許権紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈」(略称「解釈」2010)
第14条 特許権の権利範囲に属すと訴えられたすべての構成要件が、1件の公知技術の構成要件とそれぞれ同一、又は実質的相違がない場合、裁判所は、侵害被疑者が実施した技術は、特許法第62条にいう公知技術に該当すると認定するものとする。
均等が無くなっていますね。さらに、無効にも触れていませんね。でも、従来の「1件の公知技術と均等」から「1件の公知技術の構成要件とそれぞれ同一、又は実質的相違がない場合」と適用範囲が狭くなっているようにも見えますね。
2.今後のお楽しみ
これまでの主要な欧米諸国や日本の法律実務を鑑みると、自由技術の抗弁は、均等の範囲でのみ適用すべきというのが私の予測でした。しかし、この予測が外れたということは、非常に面白い話(興味深い話)が中国の特許法改正の中に見つかりそうです。
次回以降は、中国の特許法改正において、なぜ自由技術の抗弁を均等に範囲から解放して文言の範囲に拡張したのか、そしてこの拡張に当たっての配慮事項について考えてみたいと思います。
参考:特許権侵害の抗弁に関する中日比較調査報告書
https://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/ip/pdf/report_2010-04.pdf
藤岡隆浩
弁理士・知的財産翻訳検定試験委員
日本弁理士会 欧州部長および国際政策研究部長を歴任
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