第14回ミラートランスレーション(その1:適用法)
シリーズ「特許法の国際比較」
1.概要
今回からは、特許法の国際比較として話題のミラートランスレーションの話をします。ミラートランスレーションの問題は、特許協力条約(PCT)の「翻訳(Translation)」の各指定国における解釈の問題となります。
2.前提
PCT第11条によれば、「所定の国際出願は、国際出願日から各指定国における正規の国内出願の効果を有する。」としています。具体的には、たとえば日本語でなされた国際出願についても米国における正規の国内出願(米国出願)の効果を有することになります。
ただし、特許庁における審査や裁判所における権利行使は、その国の言語(たとえば英語)で行われることが了解されているので、「国際出願日における正規の国内出願」の内容がその国の言語で記述されることが必要となります。これがミラートランスレーションです。
3.適用法
「翻訳(Translation)」の解釈は、各指定国の国内法によって決定されることになります。具体的には、各指定国が一元論と二元論のいずれの立場を採用しているかで変わります。一元論は、指定国の憲法で国際条約の自己執行性を認め、条約の直接適用を可能としている立場です。二元論は、国際条約の直接適用を認めておらず、条約に沿った国内法を制定することのみによって条約を履行する立場です(注)。
(1)一元論を採用している指定国
たとえば日本は、日本国憲法第98条で国際条約の自己執行性(self-executing)を認めています。したがいまして、「翻訳(Translation)」の解釈は、特許協力条約(PCT)と国内法(たとえば特許法)に基づいて判断されます。PCTと国内法が抵触する場合には、PCTが優先されます(特許法第26条、日本国憲法第98条)。
(2)二元論を採用している指定国
たとえば英国では、指定国の国内法に基づいて判断されることになります。国内法は、判例法の国では判例法も含まれることになります。
4.まとめ
このように、ミラートランスレーションの意味は、特許協力条約(PCT)と指定国の国内法によって定められることになります。このことは、厳密には、ミラートランスレーションの意味が各指定国(移行国)で相違することを示唆しています。したがいまして、実務上は、忠実性が最も厳しい国を想定して、ミラートランスレーションが行われることになります。
今後、各国における適用法や判例・審決に沿ってミラートランスレーションの意味を明らかにしていくとともに、好ましいとされる実務を紹介したいと思います。
注:詳細については、注解パリ条約(ボーデンハウゼン著)の第25条の解説(P.7)や国際知的財産法(木棚照一著)の第4章(P.146)をご覧ください。
藤岡隆浩
弁理士・知的財産翻訳検定試験委員
日本弁理士会 欧州部長および国際政策研究部長を歴任
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