第15回ミラートランスレーション(その2:パリルートとの関係)
シリーズ「特許法の国際比較」
1.パリルートとの比較(特許翻訳における指示)
特許翻訳においては、PCTルートとパリルートでは、相違する指示がなされることが通例だと思います。具体的には、たとえば原文に誤りがあった場合には、パリルートでは、コメントの上で修正して訳して納品するように指示がなされる一方、PCTルートでは、コメントの上で修正しないで訳して納品するように指示がなされます。これは以下のような背景によるものです。
2.各国における取り扱い(パリルート)
(1)法的位置づけ
国出願(英文)は、法的には日本国出願から独立した存在です(パリ条約第4条の2)。したがいまして、必ずしも両者の内容が一致している必要はありません。ただし、日本国出願(基礎出願)を基礎としてパリ条約第4条の優先権を主張すると、新規性や非自明性といった特許性を基礎出願の出願日を基準として判断させることができます。これが優先権主張の効果です。
(2)条件設定
- 日本の出願日:2013年2月4日(基礎出願日)
- 米国の出願日:2014年1月6日
- 各領域の説明
領域Z1:日本国出願のみに記載
領域Z2:双方記載
領域Z3:米国出願のみに記載
(3)各国における法的効果
- 領域Z1:米国出願では記載がありません。ただし、米国では、実はこの領域の記載を復活させる裏技(?)もあります。
- 領域Z2:日本の出願日(2013年2月4日)に米国に特許出願されたものとして、特許性の判断がなされます。
- 領域Z3:米国の出願日(2014年1月6日)を基準に特許性の判断がなされます。
(4)優先権の効果
米国審査官は、米国出願日(2014年1月6日)を基準に先行技術調査を行います。この結果、2013年2月4日以降で2014年1月6日以前の先行技術が見つかった場合には、その旨の拒絶理由通知が発行されます。これに対して、特許出願人は、優先権証明書(日本出願の翻訳)を提出することによって、この先行技術に対する新規性を主張することができます。この確認の際に、米国の審査官は、基礎出願(日本出願)の内容を初めて知ることになります。
このように原文の範囲を超える翻訳があっても、それで直ちに不利に扱われるわけではありませんので、実施例の追加等が行われることも多いです。
3.各国における取り扱い(PCTルート)
(1)法的位置づけ
米国用翻訳文(PCT国内移行手続き)は、PCT出願に従属した存在です。したがいまして、原則として必ず両者の内容が一致している必要があります。
- PCT出願日:2013年2月4日(国際機関での手続き開始日)
- 米国国内移行日:2014年1月6日(米国等の指定国での手続き開始日)
- 各領域の説明
領域Z1:日本国出願のみに記載
領域Z2:双方記載
領域Z3:米国出願のみに記載
(2)各国における法的効果
- 領域Z1:各指定国は、取り下げられた部分であり、復活できないものとして取り扱うことが条約制定時に了解されています(PCT46条)。ただし、各指定国が出願人にとって有利に扱うこと(たとえば復活可能とする。)は自由です。一方、米国では、翻訳されなかった部分の記載の内容によっては、訴訟段階で不公正行為との認定につながることもあるので注意が必要です。
- 領域Z2:PCT出願日(2013年2月4日)に米国に正規の特許出願がなされたものとして、特許性の判断がなされます。これがPCT第11条の効果です。
- 領域Z3:米国の審査官は、日本語のPCT出願の内容を確認せずに翻訳のみに基づいて審査を行うことができます。これはPCT制定時に了解されています(PCT46条)。したがって、通例では、領域Z3の存在は審査段階では問題とはなりません。ただし、特許権の発生後において、領域Z3の存在を理由に特許権が無効とされる場合があります。審査段階では問題とならないところが怖いですね。
4.まとめ
パリルートでは、日本国出願は優先権の利益を得るための存在であり、米国出願は、日本国出願から独立した存在です。したがいまして、パリルートでは、優先権の基礎としての日本国出願に基づく利益に配慮しつつも米国法に対応するためのリバイズや実施例の追加といった実務が可能です。
これに対して、PCTルートでは、各指定国移行用の翻訳文は、原則としてPCT出願の翻訳としてPCT出願に従属するので、PCT出願に記載されていない事項の存在により、特許権が無効になることがあります。したがいまして、各指定国移行用の翻訳文は、PCT出願の内容に忠実な翻訳文である必要があります。ただし、各指定国に移行後に予備補正を行うことで、各指定国の審査官の監視下(各指定国の言語)で各指定国の国内法令(たとえば米国法)への対応や誤りの修正を行うことができます。
なお、米国に関しては、バイパス出願という裏技で、パリルートと同等の実務を行うことを可能とする手続きもあります。
藤岡隆浩
弁理士・知的財産翻訳検定試験委員
日本弁理士会 欧州部長および国際政策研究部長を歴任
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