翻訳コラム

COLUMN

第16回ミラートランスレーション(その3:外国語書面出願(英日翻訳))

弁理士・知的財産翻訳検定試験委員 藤岡隆浩
シリーズ「特許法の国際比較」

1.ミラートランスレーションが必要とされるもう一つの特許出願

ミラートランスレーションが必要とされる特許出願には、PCT出願の国内段階移行だけでなく、もう一つあります。翻訳という観点から見ると、PCT出願の国内版とも言えます。この特許出願は、外国語書面出願と呼ばれています。

2.PCT出願との比較

(1)PCT出願

PCT第11条によれば、「所定の国際出願は、国際出願日から各指定国における正規の国内出願の効果を有する。」としています。すなわち、PCT出願は、一つの言語で記載された特許出願に対して、様々な言語の指定国(PCT締約国)の正規の国内特許出願という条約ならではの国境を越えた効果を有しています。

(2)外国語書面出願

日本国特許法は、英語で記載された特許出願を日本国特許庁に提出することによって、正規の国内特許出願という国内法に基づく効果を認めています。さらに、日本だけではなく、米国特許庁や欧州特許庁をはじめとする多くの国の特許庁は、外国語での特許出願を認めています。

(3)PCT出願と外国語書面出願の関係

PCT出願は、外国語書面出願の束として効果を有しています。すなわち、WIPOの受理官庁に一つの言語で記載された特許出願を提出することによって、各国での外国語書面出願としての効果を得ることができるのです。

3.国際的経緯

(1)日米包括協議

外国語書面出願は、日米包括協議を起因として導入された制度です。したがいまして、特許出願が認められる言語は、英語のみとなっています。ただし、特許法上は、「経済産業省令で定める外国語」と規定し、経済産業省令の変更のみで他の言語への拡張が可能な状態となっています(特許法第36条の2)。

(2)特許法条約

特許法条約は、いかなる言語での特許出願も認めることを各加盟国に要請しています(特許法条約第5条)。特許法条約は、特許制度の方式的側面を統一するために2000年6月1日にジュネーヴで制定され、2005年4月28日に発効した、特許出願手続の国際的な制度調和と簡素化を図るための条約です。締約国は、36か国で(2014年2月現在)、米国が2013年12月18日に批准しました注1。ただし、日本国及び欧州特許条約機構は、それぞれ未加入及び未批准注2です。
日本が特許法条約に加入するためには、経済産業省令を変更して言語の制限を撤廃することが必要となります。

4.翻訳におけるPCT出願と外国語書面出願の関係

日本国特許法は、翻訳文に誤訳があった場合の国内法の効果については、PCT出願と外国語書面出願とを同じように扱う旨を明記しています(特許法第184条の18)。いずれの手続きにおいても、外国語の書面によって、正規の国内出願としての効果を認めているので、その国内出願に不備があっても勝手に修正してはいけないのです。
ただし、翻訳後においては、審査官や第三者から容易に監視できる環境下で、法律で認められる範囲での修正を認めることになります。だから、翻訳の際にこっそりと直すのはまずいわけです。

注1:特許法条約締約国締約国一覧(http://www.wipo.int/treaties/en/ShowResults.jsp?lang=en&treaty_id=4)
注2:批准(Ratification)と加入(Accession)
特許法条約制定に際し、欧州特許条約機構は条約制定に署名していますが、日本国は条約制定に署名していません。したがいまして、欧州特許条約機構は批准となり、日本国は加入となります。

藤岡隆浩

弁理士・知的財産翻訳検定試験委員
日本弁理士会 欧州部長および国際政策研究部長を歴任