翻訳コラム

COLUMN

第18回ミラートランスレーション(その5:日本における取り扱い(英日翻訳))

弁理士・知的財産翻訳検定試験委員 藤岡隆浩
シリーズ「特許法の国際比較」

1.補正の審査基準

特許法第17条の2第3項は、補正について「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項(以下、「当初明細書等に記載した事項」という。)の範囲内において」しなければならないと定めています。これにより、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保し、出願当初から発明の開示が十分にされている出願とそうでない出願との間の取扱いの公平性を確保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにし、先願主義の原則を実質的に確保しようとしたものとしています。

2.補正を制限する理由(出願間の公平性の確保)

先願主義の原則の下では、同一の発明について複数の出願があった場合には、先に出願した者にのみ特許を付与します。このような制度において、補正に制限が無ければ、たとえば以下のような不合理な状況が生じます。すなわち、発明Aについての開示が不十分な先の出願Xについて特許がなされ、発明Aについての開示が十分な後の出願Yが拒絶されてしまうのです。
しかしながら、全く補正が認められないのでは、出願人にとって酷な場合が生じます。たとえば誰から見ても明らかな誤記があったような場合です。

補正を制限する理由(出願間の公平性の確保)

3.補正が認められる範囲

特許庁の審査基準では、以下のような場合には、補正が認められるとしています。
「当初明細書等に明示的に記載された事項」だけではなく、明示的な記載がなくても、「当初明細書等の記載から自明な事項」に補正することは、新たな技術的事項を導入するものではないから、許される。
(a)補正された事項が、「当初明細書等の記載から自明な事項」といえるためには、当初明細書等に記載がなくても、これに接した当業者であれば、出願時の技術常識に照らして、その意味であることが明らかであって、その事項がそこに記載されているのと同然であると理解する事項でなければならない。
(b)周知・慣用技術についても、その技術自体が周知・慣用技術であるということだけでは、当初明細書等の記載から自明な事項とはいえない。
(c)当業者からみて、当初明細書等の複数の記載(例えば、発明が解決しようとする課題についての記載と発明の具体例の記載、明細書の記載と図面の記載)から自明な事項といえる場合もある。
例:明細書には、特定の弾性支持体について開示されることなく、弾性支持体を備えた装置が記載されているが、図面の記載及び技術常識からみて、当業者であれば、「弾性支持体」とされているものは当然に「つるまきバネ」を意味しているものと理解するという場合は、「弾性支持体」を「つるまきバネ」にする補正が許される。

4.ミラートランスレーションとの関係

日本語で特許出願した場合に補正の制限があるのですから、英語で特許出願した場合(外国語書面出願)においても少なくとも日本語で特許出願した場合を超える修正が翻訳で認められないことは道理と言えます。
逆に、実務上は、補正の範囲であっても、ミラートランスレーションで修正が認められる範囲であるとは言えません。
次回は、この点を具体的に解説します。

藤岡隆浩

弁理士・知的財産翻訳検定試験委員
日本弁理士会 欧州部長および国際政策研究部長を歴任