プロフェッショナル インタビュー 〜 "Language is Power"国際弁護士 樋口一磨氏 インタビュー
判例法と制定法
樋口先生は日本の大学や大学院で学ばれたあと、イギリスやアメリカに留学をなさっていますね。我々は一口に「法律」と言ってしまいますが、実際には国や地域によって傾向や性格の違いがあるのでしょうか。
法律は、その国の慣習が明文化されてルールになったものといえますから、国によって文化が違うように、法律も相当違います。僕は国内の司法試験に合格したあと、イギリスとアメリカに留学しました。そこでまず驚いたのは、日本とは授業の進め方が逆だということでした。
日本の授業は総論から各論へと話が進みます。たとえば、契約とは何かというふうに総論がまずあって、それから「民法何条ではこううたわれています」と話が進んで、そして「それに対する判例としては、どんなものがあるでしょう」という具合です。
ところが、アメリカでは、いきなり判例集をポンと渡されて、まだ何にも聞かされてないのに「最初の授業までに、まずここまで読んでくるように」と言われ、授業では全く説明もないまま「どんな事案で、何が問題か」と問われました。つまり、どんな判例からどういう法規範が導かれるのかという形で話が展開されます。完全に思考回路が逆です。
コモン・ロー(common law)とか判例法主義と呼ばれる英米法系の特質ですね。
日本ではまず「○○法○○条」という成文があって、それが最初のよりどころになります。判例なども、民法何条の解釈に関するもの、ということが明確に示されています。つまり演繹的です。
一方、英米の伝統的な判例法の世界では、法律よりも事実が先にある。判例はあくまで各事実について判断をしたものという考えの下、「その事実について裁判所はこういう判断をしました。本件は、その事実に似ていますから、こういう判断になります」というふうに帰納的に考えます。日本がとっている成文法主義と呼ばれる制度と比べて、どちらが良い悪いという話ではなくて、これは完全に法文化の違いですね。
判例法主義とは何か、ということを知識として知っていても、実感としてはなかなかわからないものです。アメリカのロースクールに行ってみてよくわかったのですが、そういう考え方の根本的な違いというのは、やっぱり現地に身を置いてみて、はじめて体得できるものです。
たとえば、日本にいても普通に英文契約書が読めるようにはなります。ところが、英米法系の弁護士と交渉をしたり、アメリカで訴訟になったりすると、やっぱりそういう根本的な考え方の違いがわかっているかどうかが、大きくものを言うと思います。
こちらの主張を通したいときに、相手の文化もわかっているとの前提で話ができますので、説得力が違ってくると思います。
専門化する弁護士
そのような法習慣上の違いがあると、弁護士のみなさんの仕事のやり方や内容というのも国によって違ってくるのでしょうか。
例えば、判例を探す場合、日本では、何法の何条に関するものを探せばよい、ということが通常明確ですし、抽象的な規範を探すことがメインになりますので、比較的探しやすいといえます。
ところがアメリカでは、必ずしもそのような調査の出発点があるとは限りません。そして、事実の違いが極めて重要ですので、本件に似た事案のものを探さなければいけません。しかも、なにしろアメリカには、連邦法の他に、50の州とワシントンDCがあって、それぞれが独立した法体系を成し、それらが互いに影響し合っています。日本の県というより、国が51個あるイメージの方が近いといえます。ですので、情報量が膨大で複雑です。
話を聞いているだけで、気が遠くなってきそうです。
だから、アメリカの弁護士は特に専門化するのだと理解しています。情報量が比較にならないぐらい違いますから、必然的に専門化せざるを得ないと思います。日本の弁護士も最近は専門分野を掲げていますが、あちらでは比較にならないほど超ニッチな弁護士もたくさんいます。自分はFDA(米国食品医薬品局)に強いか、公務員の腐敗では誰にも負けませんとか、そういう弁護士がたくさんいるわけですよ。「この件については、私の右に出る人はいない」という弁護士ですと、報酬は1時間10万円ぐらいとるわけです(笑)。もちろん、アメリカは訴訟大国と言われるように、社会における弁護士の位置付けや考え方も違います。
日本でそんな立場をとったら食べていけません(笑)。むしろ日本では、専門化といわれる今日でもなお、何でも相談できるという弁護士の方が求められていると感じています。
日本の法律、アジアの法律
日本の法律は、世界の中ではどのような位置づけなのですか?
我が国の法律は、いろんなところから要素をいただいてきています。民法は、明治政府が招致したボアソナードというフランス人学者が起草しており、フランス法の影響を受けていると言われ、刑法ではドイツの影響が強いです。憲法はマッカーサーの時代に作られましたので、アメリカの憲法を読むと親近感を感じます(笑)。ビジネスに関する法律は、やはりアメリカの発想が色濃く出ています。
アジアの中で見た場合は?
法制度の点では、アジアの中では、日本は先行した存在であり、また安定しています。日本は、例えばビジネス関係法については、アメリカや欧州を追いかけている状態ですが、アジアでは台湾や韓国が日本を追いかけています。日本では2004年に法科大学院制度ができましたが、まさにいま韓国が、そして次は台湾が同じことを実施しようとしています。
日本の法科大学院制度は失敗ではないかという意見も強いですが(笑)。
東南アジアについてはどうでしょうか。
シンガポールやフィリピンなど、イギリスやアメリカの植民地であった国は、コモンローの伝統があります。タイやベトナムなどは日本と同じ大陸法です。ちなみに香港は、イギリスのコモンローと、中国法の二制度が混在するという特殊な国です。
コモンローといっても、例えばシンガポールは英米とはかなり趣が異なります。あの小さい国が、たくさんの人とお金を集めるためには、法律もわかりやすくなければいけないという政策的な配慮があると思います。
また、一般にアジアでは賄賂が必要悪のように言われていますが、その点、シンガポールは潔癖であると言われています。
途上国では、法律があったとしても、その実効性、つまり最終手段としての強制執行がきちんとできるか、という点についてはかなり不安定です。
毎日、判例集を50ページ
英語はもともと得意だったのですか?
僕ですか?僕は純日本人なので英語は独学です。ただ、もともと語学は好きでしたね。高校生のころからTOEICを受験したりしていました。どんな職業に就いても20代の内に海外へ出ようと漠然と思っていました。
いつから弁護士になろうと思っていたのですか?
実は大学2年まで、司法試験を受けるとは思っていませんでした。もともとは研究者志望で、どの学問にしようか模索して、文学なども考えたのですが、どういうわけか法律が純粋に面白いと思うようになりました。「理論的な思考」に惹かれたのかもしれません。
そして、法律の道を行くのであれば、ということで司法試験にも取り組むことになりました。しかしそのうち、法律は机上の議論より実学だと感じ、いつの間にか弁護士になろうと思うようになりました。親戚のどこにも弁護士などいませんので、親もびっくりだと思います(笑)。
留学先では英語で授業を受けるわけですよね。そのあたりのご苦労は?
それはもちろん、胃が痛かったです(笑)。特に予習が大変でした。毎日、判例集を1日平均50ページぐらいは読んだと思います。読んで、まとめて、授業に臨みます。
授業中もよく当てられました。アメリカのロースクールは、留学生をお客様扱いするところも多いのですが、僕がいたミシガン大学は、留学生も少なめで、アメリカ人と全く同じ授業にポンっと入れられ、プロフェッサーも区別なく当ててきました。
鍛えられますね。ニューヨーク州の司法試験はいかがでしたか?
ロースクールの卒業が5月なのですが、司法試験は7月下旬と、準備期間が2か月程度しかありません。アメリカ人学生は、3年間のロースクール時代が試験の準備を兼ねていますが、僕らのコースは1年しかありません。英語の読み書きのスピードもネイティブには敵いません。本国でのベースがあるといっても相当なハンディキャップです。そして、ニューヨーク州の試験は15科目もあり、しかも連邦法と州法の違いも覚えなければなりません。これまた胃が痛くなる試験で、二度と受けたくありません(笑)。
アメリカの法律事務所
そのあと、アメリカの法律事務所で働かれていますね。
Masuda, Funai, Eifert & Mitchell, LTDという、シカゴを拠点とする事務所にいました。日本人の名前が入っていますが、日系アメリカ人で、80年程前から日系企業のアメリカ進出サポートを中心にサービスを提供している歴史ある事務所です。
アメリカの事務所はドライな印象ですが。
アメリカや欧州系のローファームは、仕事をビジネスとして捉える傾向が非常に強いと感じています。例えば、フィーの請求の仕方もかなりドライです。
ほとんどの案件がタイム・チャージで、弁護士もパラリーガルも、仕事を始めるときには事件番号とクライアント番号を打ち込みます。時間はカウンターで自動的に集計されて、請求されます。ただ、僕のいた事務所は、やはり日本的な感覚をわかった上で進めています。
海外の弁護士に依頼するのは怖い気がします。
何も知らずに海外の事務所に相談すると、思ってもいない高額な請求が送られてくるということはよく耳にします。そのようなことがないように、フィーについてもきちんとハンドリングすることが我々のひとつの役割だと思います。
海外で問題が起こり、地元の弁護士の協力が必要となった場合、ものをいうのはネットワークです。僕は世界中どこでも対応できる体制を目指して、顔の見えるネットワークを拡充しています。顔が見えると、信頼関係もぐっと増します。そして、いざ海外の弁護士に依頼する際には、仕事のクオリティはもちろんですが、フィーについてもサプライズにならないようきちんとマネージメントします。日本人は遠慮しがちですが、向こうはビジネスとして捉えていますから、言うべきことははっきり伝えるべきです。
樋口先生のような弁護士さんの存在が心強い。
ありがとうございます。リーガルサービスというのは安いものではなく、特に日本人はもともと弁護士に対して敷居の高さを感じていると思いますので、その不安を払しょくしなければいけないと思っています。このことは日本国内でも同じことです。最近の大手事務所は、オペレーションがかなり欧米的になってきており、高すぎるということで僕のところにいらっしゃる方も多いです。
中小企業を支援
樋口先生は中小企業のみなさんのサポートに注力されていますね。
やはり日本の経済を支えているのは、国内全体の90%以上を占める中小企業の皆様だという思いがあります。
日本の中小企業はすばらしい技術やアイデアを持っています。国内では閉塞感が漂っていますが、広い海外で評価される技術はまだまだたくさん眠っていると思っています。そういう企業が海外で活躍していくことが、日本の経済を活性化させると思っています。
しかし、日本を一歩出ると、まるで違う文化や習慣が待っています。日本人同士のような信頼関係や暗黙の了解は一切通じません。そうすると、契約というものが非常に重要になってきます。国内では、紙に書かなくてもお互いわかっている、というケースは多いかもしれませんが、相手が外国企業であれば、「相手もわかっている」というのは一方的な幻想にすぎません。実際は思ってもみないような理解をしていることもままありますし、約束を破ることも珍しくありません。だからきちんと書いておく必要があります。
また、特に欧米ですと、普通の契約に弁護士が関与してくることは珍しくありませんし、企業内弁護士が常駐していることも日本よりかなり一般的です。そうすると、相手から出てくる契約書は、当然に相手方に有利な条件にあふれています。そのような企業とのやりとりで、こちらが丸腰ですと、その時点でかなり不利な取引になってしまいます。そのような取引では、こちらもきちんと弁護士を立てるべきです。たとえ小さな町工場でも、きちんとした顧問弁護士を付けることによって、かなり対等に交渉ができます。
国際弁護士として、そんなふうに社会のお役に立つことができれば本望だと思います。
顔が見えるネットワーク
海外のネットワークはどのように拡げていらっしゃるのですか?
留学時代の仲間の他、国際的な会合に積極的に参加し、独自のネットワークを作っています。特に、国際法曹協会(International Bar Association)という世界最大の弁護士団体では、毎年10月に行われる大会などに参加し、1週間カンヅメになって、5000人規模の世界中の弁護士とネットワーキングをします。セッションのスピーカーにもなったことがありますし、今年からオフィサーになり、関与を深めていきたいと思っています。
基本的に、一緒に仕事をする人とは、顔が見える関係を前提としています。友達のような、気軽に相談できる間柄になり、信頼関係を前提にして、具体的な案件に発展していくという形が理想です。普通のビジネスでも同じではありませんか?
大手の事務所などでは、事務所同士がパートナーシップを組んで対応しているケースが多いと思いますが、僕はそれよりも、個人的なつながりを重視したいと思い、独自に歩む道を選びました。
樋口先生の「顔が見えるネットワーク」は、すでに各国に広がっているのですか?
僕のように個人レベルで海外案件を扱っている弁護士で、これだけのネットワークを持っている人はなかなかいないと思います。
間接的な紹介を含めれば、世界中のおよそどこで何が起きても地元の専門家につながることができるレベルに達していると思います。自画自賛ですみません(笑)。
潜んでいる細かなニュアンスに注意
実務面の話を少しおうかがいします。契約書などの翻訳やレビューをするうえで、ご自身が注意されているポイントは何でしょうか?
翻訳は正確であることが一番です。
但し、ここでいう正確さとは、逐語訳、つまり一語一句正確に訳すということではありません。特に法律文書では、それをやってしまうと、かえって変な文章ができあがってしまいます。文章全体の意味、趣旨が正確であることが重要です。
また、法律の概念は国によって違いますから、当然、概念として日本にないものが向こうにあったり、向こうにないものが日本にあったりします。それをどう表現するかが腕の見せ所です。 そして、細かいニュアンスに最大限の注意を払います。例えば、mayやshallなど、助動詞の違いが重要であることはいうまでもありませんが、Shallを使って義務のように見せかけていても、実は努力義務であったりというように、彼らは意識的に自分たちに有利な内容を潜りこませてきますから、先入観を持たずに注意深く読むことが必要です。逆にこちらも、巧みに潜り込ませる(笑)。
契約書の重要度にもよりますが、基本契約のような重要なものは、やはりそういう細かいところまできちんと検討して初めて「見た」ことになりますね。
一般の翻訳者ではなかなか注意が及ばない部分かもしれません。
僕たちは、自分が作る契約書であれば、あの手この手で自分の依頼者に有利なものを作りますので(笑)、相手から出てくる契約書は、当然相手に有利になっているだろう、という考えで見ています。ですから、翻訳さんにも「何か潜り込んでいるだろう」という目で見てほしいものです。契約書については、日本語で言うと語尾の部分、英語で言うと助動詞の部分や、副詞などの大意に影響しなさそうな部分によく注意をしてもらいたいです。
いずれにしても、日本の企業が法習慣や言葉という壁を克服して、ますます世界市場で力をつけていくために、積極的にその後押しができればと願っています。
わかりました。我々も翻訳会社として、国際法務の世界で的確に力が発揮できるよう頑張ります。本日は、どうも有難うございました。
樋口一磨
弁護士(資格国:日本・ニューヨーク州)
- 1976年 千葉県柏市生まれ
- 1999年 慶応義塾大学法学部法律学科卒
- 2002年 一橋大学大学院言語社会研究科修了、在学中 司法試験 合格、英ケンブリッジ大学Summer School for English Legal Methods、ヨーロッパ、中国、韓国、オーストラリア司法制度視察参加
- 2003年 司法修習終了(千葉・56期)弁護士登録、大原法律事務所勤務
- 2007年 University of Michigan Law School, LLM 修了
- 2008年 Masuda, Funai, Eifert & Mitchell, LTD(シカゴ)勤務、在任中 ニューヨーク州司法試験合格・弁護士登録、大原法律事務所復帰
- 2011年 樋口一磨国際法律事務所設立
主な所属
- 日本弁護士連合会
- 東京弁護士会
- 東京弁護士会国際取引法部会・同知的財産法部会
- 東京弁護士会国際員会(副委員長・2011年度〜)
- American Bar Association
- New York State Bar Association
- International Bar Association(IBA)
- IBA International Sales Committee(Officer・2012年度〜)
- IBA Litigation Committee(Officer・2012年度〜)
- 盛和塾東京
- Lawyers Network for Foreigners
- 全国就労支援事業者機構賛助会員
著作・出版・活動
- 東京都知的財産総合センター相談員(2010~)
- 「言語に関する法規範~言語権の保障と限界~」(一橋大学図書館蔵書 2002年)
- 「J-SOXの概要と海外子会社の対応」(シカゴ日本商工会議所ニュースレターNo.78 2008年)
- 「海外汚職防止の世界的潮流-Foreign Corrupt Practices Act(連邦海外腐敗行為防止法)の概要と日系企業への影響を中心に-」(東京弁護士会法律実務研究第25号)
- 日本弁護士連合会 中小企業の海外展開の法的支援に関するワーキンググループ幹事(2012〜)
- 日本弁護士連合会 IBA東京大会プロジェクトチーム幹事(2012〜)
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