第114回「サンジェルマン殺人狂騒」事件
弁理士、株式会社インターブックス顧問 奥田百子
著作権は表現そのものを保護するため、他人の文章と趣旨が似ている、言おうとすることが似ている、文体が似ている、というだけでは著作権侵害になりません。
翻訳文も同様です。「サンジェルマン殺人狂騒曲」の翻訳文が似ているとして、争われた事件を前々回から伝えていますが、確かに一つ一つの訳語は同じものがあるが、文章のなかにこの訳語は埋もれてしまい、できあがった訳文全体がほぼ同じでなければ著作権侵害とはなりません。
原告の訳の特徴
- 原文に忠実、
- 原文に付加、削除せず
- 長文→短文、短文→長文を避ける
被告の訳の特徴
- 原書の雰囲気がよくわかるように、逐語訳を避ける、
- 原書にない言葉を補う、
- ハードボイルド小説にふさわしいように、短文→長文、長文→短文で訳すことあり。
両者の翻訳の傾向は上記のように裁判所で認定されました。
結局、被告は原告の翻訳文の複製ではないということです。
判決では、実際に訳文を比較しています。
原告の翻訳
「バーの方では、しみ一つないぱりっとした上衣を一部のすきもなくぴしっときめたバーテンのルイが、どこかにあるのかラジオから流れ出るムード音楽を伴奏に、客の髭男とサイコロ勝負に興じていた。」
被告の翻訳
「カウンターでは、染みひとつない上着に身を包み、礼儀正しく非の打ちどころのないバーテン、ルイが、山羊髭の客とダイスに興じていた。甘い音楽の調べがラジオから流れている。だがそのラジオは目につく場所には置かれていなかった。」
(強調のために、筆者(奥田百子)が下線を引きました)
「興じていた」の訳語は同じですが、全体として全然違いますね。
Copyright shall protect expressions; therefore, a sentence that is simply similar to another person's sentence in terms of their intent, meaning, and/or style does not infringe upon that person's sentence.
This applies to translations as well. In the case of La Nuit de Saint-Germain-des-Prés, which has been the topic of discussion for the last two weeks, the plaintiff insisted that the defendant's translation was a copy of their translation. Certainly, some translated words may be the same, but unless the complete translation is nearly identical, copyright infringement shall not be constituted.
Features of the plaintiff's translation
- The translation was faithful to the original text
- Nothing was added to or deleted from the original text
- The lengths of respective long and short sentences were maintained
Features of the defendant's translation
- Word-for-word translation was avoided to preserve the atmosphere of the original text
- The translation included words that were not found in the original text
- Some short sentences were lengthened and vice versa to match the style of hardboiled fiction
The styles of both translations were acknowledged by the court as described above, and in conclusion, the defendant's translation was not found to be copy of the plaintiff's translation (Tokyo High Court, Heisei 3 (ne) No. 835, September 24, 1992).
奥田百子
東京都生まれ、翻訳家、執筆家、弁理士、株式会社インターブックス顧問
大学卒業の翌年、弁理士登録
2005〜2007年に工業所有権審議会臨時委員(弁理士試験委員)
著書
- もう知らないではすまされない著作権
- ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語
- 特許翻訳のテクニック
- なるほど図解著作権法のしくみ
- 国際特許出願マニュアル
- なるほど図解商標法のしくみ
- なるほど図解特許法のしくみ
- こんなにおもしろい弁理士の仕事
- だれでも弁理士になれる本
- 改正・米国特許法のポイント
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