第115回水溶性→水性の誤訳訂正は認められた
弁理士、株式会社インターブックス顧問 奥田百子
以前のブログで、ドイツ特許出願をもとに日本に国内移行されて特許になった日本特許5,584,706号のクレームや明細書中で、「燐酸」という誤訳があった、これを「ホスホン酸」という正しい訳語に直すことは、クレームを変更、拡張することになるから認められなかった、という話をしました。
実はこの同じ事件で、誤訳訂正が認められた訳語もあります。
「水溶性」→「水性」という訂正です。
- 「燐酸」→「ホスホン酸」(×)
- 「水溶性」→「水性」(〇)
これは誰しもが同じ判断を下すでしょう。
「燐酸」→「ホスホン酸」は別ものになっている、
「水溶性」→「水性」はほぼ同じであることは素人考えでもわかります。
ドイツ語の原文では、wässerigenとなっていました。特許庁の審判では、この単語の日本語訳は「水性」であるから、これは誤訳訂正の目的に適っていると判断されました。
「水性」には「水に溶解する性質」という意味もありますが、「水のような性質」の意味があり、「水性」と「水溶性」は全くイコールではありません。英語の訳語も、
- 水溶性はwater-soluble
- 水性はaqueous
のように異なります。
特許庁の審決では、水性であっても水溶性であっても、特許の目的(「部品材料の腐食によりこの部品上に生じた酸化物層を剥離」する)を達成できるという理由で訂正を認めました(審決2014-390211号)。
このように誤記に近い誤訳訂正は認められます。
In my previous blog I explained that, in the claims and specification for Japanese Patent No. 5584706, the mistranslated word “phosphoric acid" was not approved to be corrected to “phosphonic acid" because the correction would have substantially altered and/or expanded the scope of the patent claims.
On the other hand, the word “water-soluble" was approved to be corrected into “aqueous".
- “phosphoric acid"" → “phosphonic acid" (x)
- “water-soluble" → “aqueous" (o)
Anyone would likely have rendered the same judgment.
Even non-professionals can understand that “phosphoric acid" and “phosphonic acid" are different, while “water-soluble" and “aqueous" are substantially the same.
The word used in the original German text was “wässerigen". In the trial decision, the JPO rendered that because “wässerigen" translates to “aqueous" in Japanese, the request served the purpose of correcting the mistranslation.
The word “aqueous" is defined as “having the property of being able to be dissolved in water", but is also defined as “having properties like those of water". Thus, the words “aqueous" and “water-soluble" are not completely equal.
However, the JPO approved this correction because any treatment solution, be it defined as “water-soluble" or “aqueous", can fulfill the intended purpose of the patent – namely “detatching an oxide layer that has formed on the component as a result of corrosion of the component's material" (Trial No. 2014-390211).
In this way, a correction that is close enough in meaning to the original mistranslation shall be approved.
奥田百子
東京都生まれ、翻訳家、執筆家、弁理士、株式会社インターブックス顧問
大学卒業の翌年、弁理士登録
2005〜2007年に工業所有権審議会臨時委員(弁理士試験委員)
著書
- もう知らないではすまされない著作権
- ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語
- 特許翻訳のテクニック
- なるほど図解著作権法のしくみ
- 国際特許出願マニュアル
- なるほど図解商標法のしくみ
- なるほど図解特許法のしくみ
- こんなにおもしろい弁理士の仕事
- だれでも弁理士になれる本
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